[研究+教育] × [情熱+狂気]=∞ [ムゲンダイ](7)

Science Talks LIVE、第3回のトークゲストは京都大学・高等教育研究開発推進センター長の飯吉透氏。研究者にとって教育とは、研究時間を奪う厄介者――とは限りません。最先端の研究者こそ、 最新のプラットフォームを使って教育に貢献し、そこで得た知見を研究や人脈作りの訳に立てています。アメリカを含む複数の事例を交えながら、研究者と教育の上手な付き合い方について、また、日本の教育を取り巻く問題についてもお話をいただきました。 

フロアディスカッション: 自由に学び、自由に生きていくために その2

質問者A お聞きしたいのは、オープンエデュケーションが普及した後、あるいは普及していく途中の過程で、大学の教育に携わる人がどのくらいの人数になるのか、またその報酬がどのくらいになるのか。日本哲学会の若手支援のワーキンググループに入っているんですが、大学院生やポスドクがどういう風に研究者として育って行って、どういうキャリアになっていくのかというイメージを持たせたいと思った時に、やっぱりこの話をしないわけにいかない。スターの人がガーッと教えて、他の人はひたすらグレーダーをやっているというような絵になってしまうと、グレーダーって多分今の非常勤よりも報酬は悪いだろうと思うし、自分はどっちに行くのかと考えたときに、このまま一生グレーダーか、みたいなすごくがっかりさせる将来像になってしまう。そんなものを伝えたくはないけど、それを想像せざるを得ない。そうなったら彼らはいったい何をしていけばいいのかと思う時があって。ラーナーの方にとってはいい制度ですよね、ただそれを提供する側、クリエイターとして研究をする側にとってはどうなのか。意図的なティーチングとリサーチの関係がこれでかなり変容するんじゃないかと思うんですが、先生はどうお考えでしょうか。

飯吉 アメリカは良くも悪くも先を進んでいる訳ですけれども、大学は分業化が激しいですね。教育にしても、シニア・レクチャラーみたいな、Ph. D. とか持っていても自分は教育しかやっていない、エフォートは100%ほとんど教育という人たちが教えています。一点尊敬も集めているし、給料も結構良かったりします。そういうテニュアではないんですけどね。ただこの人をおいては他には物理教育は、みたいな人もMITなんかだと何人もいますけれども。

それから、チューターというのもあります。日本の場合はポスドクがやっていたりして、うちのセンターにもそういう人はいますが、ついていけない学生への個別チューターみたいなものを引き受ける。予備校のチューターとか今でもあるんでしょうけど、今の時代に日本の大学で教育歴、教育経験っていうのをつけるにはそれくらいしかできない。アメリカの大学は、学部生の頃からTAをやらせています。学部のジュニア、つまり1年生、2年生のときにTAの一番下から始めて、大学院生の頃には自分の演習の時間を使う。きちっと順序を経て上がっていくわけです。先生は介入しません。教育のコストも低くなりますし、学部の頃から教育に携わることで、教育に対する関心であるとか、責任感であるとか、分からない子にどういう風に教えなくちゃいけないのかということを学生を見ながら学ぶことができると。学部の学生にはまず教育の授業のノートを作らせる。教える側の苦労というのをまず体験させる。シラバスとかどうすればいいか分からないし、やっと作れてもこれをどうやって評価するのと聞かれると答えられなかったり。

だから、分業化が進んでいくし、今日は紹介しなかったですけれども、ジョージア工科大学というところが教育で人間のTAに交じってAIを使っています。プログラミングの授業だったりするわけですけれども、一定の作業についてはもう区別がつかない。車の自動運転でもそうですけれども、教育についてもある部分のサポート、今はポスドクの人がやっているような仕事も、僕は機械に置き換わっていくと思いますし、そっちの方が学生のためになるかもしれない。何回も教えてるのになんで分からないんだ、ばかやろう、って人間だったらキレますよね。そういうのがなくて、一生懸命つき合ってくれる機械さんの方が好き、という生徒も出てくるかもしれない。

最新の『Star Wars』を見られた方は、キャリー・フィッシャーとかCGで作られてますから、今はそういうことができるわけですね。先生なんかもういつもつば飛ばして不細工で嫌だ、変えてしまえ、みたいな。Googleで自分の好きなキャラクターを選んで、キャリー・フィッシャー、レイア姫に教えてもらうことができるという時代が来ます。ハリウッドの映画もそうなっていますから。好みのタイプでない先生を、勝手にCGで作り替えて、レジャーランド的に楽しく授業を受ける。それは技術的にはできるようになるんだけれども、実際にそれをやるかどうかというのは文化の問題なので、人間がそういうことをやる。ただ、利用者側、学ぶ側としては当然そういうオプションは欲しいですよね。レイア姫に似た人が演じるのと、そっくりに作られたCGだったらどっちが見たいかって言うと、僕だったら後者ですね。

話が逸れましたけれども、そういう人たちにどういう風なアドバイスをすればいいかみたいなことですよね。例えば理研みたいな、哲学の分野にそういうところがあるかどうかは分からないけれども、研究だけをやって食っていけるような世界があるんだとすればそこを目指すというのもありだと思う。アメリカにいても感じていたのは、どっちつかず、中途半端でまあいけるだろうというのはだんだんなくなってきています。だからもう自分はこれが好きだ、これがやりたい、これでいいというのが決まればそれでやっていけばいいと思うんですけれども、もしくは新しいことにどんどんチャレンジしていくということでしょうね。自分はここから出られない、というようなところに身を置かないようにするということ。

駒井 専門化が進んだ結果そうなっているんだと思うんですけれども、日本の場合は何も専門化が進んでいないですし、大学の教員なんて特に無免許なので、そこのクオリティを担保するために相互に見学し合ったり、アドバイスし合ったりして、どういう風にレイア姫に教えて貰ったらいいかなというようなことを考えながら活動しているのがMOSTの理念だと思います。もっともっと広がって行って、いずれはクオリティコントロールができるようになると。

飯吉 自動運転に負ける無免許運転だったら、機械に変わっちゃうんです。そういうことですよね。ラリーとかで道なき道を走るのはうまい、すごいというような人なら、教員として生き残れる。そこですよ。教員だけではないと思いますけど、自動運転の方が身を預けて安心だと思われたらそこで終わってしまう。携帯の契約をするのに2時間半もかかるとか、嫌ですよね。ああいうのもどんどん変わって行くと思いますし、変わって行った方がお客さんも喜びます。

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