[研究+教育] × [情熱+狂気]=∞ [ムゲンダイ](6)

Science Talks LIVE、第3回のトークゲストは京都大学・高等教育研究開発推進センター長の飯吉透氏。研究者にとって教育とは、研究時間を奪う厄介者――とは限りません。最先端の研究者こそ、 最新のプラットフォームを使って教育に貢献し、そこで得た知見を研究や人脈作りの訳に立てています。アメリカを含む複数の事例を交えながら、研究者と教育の上手な付き合い方について、また、日本の教育を取り巻く問題についてもお話をいただきました。 

フロアディスカッション: 自由に学び、自由に生きていくために その1

駒井 どうもありがとうございました。申し遅れましたが奈良先端大の駒井といいます。よろしくお願いします。Science Talks ではこれまで3回、もしくはもっと前から、科学技術についてのイベントをやってきていて、私もいろんな形で参加させていただいて、その都度しつこくしつこく言い続けていたのが、教育のことだったんですね。飯吉先生もプロジェクトスタッフとして参画されている京大のMOSTフェロー(註:京都大学高等研究開発推進センターが実施する、大学教員のためのオンライン教育研修プログラム)というものに参加させていただくことがありまして、そこでいろんなご指導をいただいた中で、今日お話しさせていただくことであるとか、もっと皆さんいろんな方に知っていただきたいことがいろいろありますので、こういう機会を設けさせていただいて、飯吉先生に来ていただいたということです。

というのが経緯なんですけど、私のモチベーションとしては、私自身は脳とか心の研究をやらせてもらっている人間なんですが、一応理系の学部に所属していて、いろんな学生さんとかポスドクとか高齢者大学校とかにも行って、いろんな人を教育する中で、いろんな人のモチベーションというのが一番、これからどうなっていくか分からない社会をつないでいくキーワードになるんじゃないかなと思っていて。それはもちろん教育っていうところもありますけど、私自身の専門である心理とか脳科学みたいなところからもとても大事なことなんじゃないかなと思っています。飯吉先生にもお話しいただいた知の食欲みたいなところっていうのがやっぱりキーになってくるんじゃないかなと思っていまして、先ほどもお話しいただきましたけれども、われわれ大学の教員が、教育研究をやる中で、フンボルト以来研究をバックに教育をしていくっていう形の近代教育が始まったわけですけど、今その理念はどうなっているんだろうかと。大学院重点教育、研究重点大学、なんかそういう名前を持って研究にばかり力を入れて、教育がちょっと置き去りになってきてるんじゃないかなと。それは制度的な制約であるとか、評価の問題とかいろいろあると思うんですけど、だからと言ってこれでいいのかという話をきょう伺わせていただければと思ったわけです。

一番始めにおっしゃってた大学のレジャーランド化っていうのには、ちょっと興味があって。それって実はオープンエデュケーションと近しいところがあるんじゃないかと思います。というのは、それぞれの取り組み方っていうのは多分違うんだと思うんですが、オープンにするということは、いろんな人が入ってくるということで、すごいレジャー化する、面白くなる。それは1つのレジャーランドであって、いろんな人がモチベーションを持って入ってきて、参画していって、お互いにいろんな刺激をしあうということがすごく大事じゃなんじゃないかと思う。それが知の食欲につながり、後世にいろんなものをつないでいくようなモチベーションにつながっていくんじゃないかなと思っているんですけど、今いろんなMOOCであるとか、いろんなオプションが手に入る状況になっていて、なおかつそれが大事だよねと何となく思っているにもかかわらず、モチベーションが端的に言うと落ちてきている、その状況は一体どこから来るのかというのを、答えは多分ないと思うんですけど、考えていきたいなと。

皆さんのご意見もいろいろお伺いしたいなと思ってるんですけど、まず僕自身は、さっきの人生ゲームを先生がゼミでつくられたっていうのはすごく面白いなと思っていて。自分のことにするっていうのがすごく大事なんじゃないかなと。人生ゲームの中では、高校生ぐらいでさっさと人生が決まってしまう、という話があったと思いますけど、日本の教育は特にというか、実際にそういうのに近いところがあって、大学もすごい早い段階で進路を決める、まず理系であるか文系であるかみたいなところから始まって、どの学部に行ってとかって、ずっと何となくそれにひも付けられてやっていくっていう。そこは何なんでしょうかね。文化と文明のお話をしていただいたと思うんですけど、教育のお立場から言うと、何をどうすればそのメンタルセットというか、そういう部分を崩していけるとお考えなのかっていうのをちょっとお伺いしたいなと思ったんですけど。

飯吉 そんな大仰な話ではなくて、一個人としてですけど、僕は中学校高校と繋がった、進学校と言われるところの出身で、だから小学校6年生の時の偏差値はむちゃくちゃでした。国立のT大というところに行きたかったんですが行けなくて、ICUというところに何故か拾われてですね。これがまた面白い大学で、ある意味でオープンエデュケーション的なところでした。秋田にある国際教養大学に最近行ったんですが、教養大学なのでいろんなことを学べます。僕のICUの場合も、物理専攻だったので最初は理系で入ったんですが、とても合わないということがすぐに分かって。教育工学、教育テクノロジーというのがおもしろそうだと思って、パソコンが好きだったんですね、それですぐ転科してこっちをやりますみたいなことで、そこら辺からふらふらしていて、今にして思えばオープンエデュケーション的な生き方を既にやっていたわけです。

英語は今は、嫌な言い方をすればペラペラですけれども、高校のときは40点取れない、中学高校とほとんど赤点で、卒業すら危うい、進級できるかなというレベルですね。大学受験の時もひどかったです。なんでICUってとこに行ったのかよく分からなくて。ICUは非常に変な取り方をしていて、作文を書かせたりとか、知能テストまがいのこととか、いろいろなことをやっていて。英語のテストは低くても、もしかすると実験用として取られた可能性があって。こんな変なやつを取ってみたら一体どんなふうになんだろうか、駄目だったら捨てればいいからというようなことで、5パーセントぐらいそういうやつが入っている。入ったら恐怖症ですよ、英語がバンバンできるやつはいる、外国人はいる、もうコンプレックスの塊のようなものでした。それでもあそこは、語学教育にはすごく力を入れているので、1年目はみんな英語で、LL教室って所が当時あって、スパイ養成機関かと思われるぐらい徹底的にやらされた。それでさすがに洗脳されて、ただそれでも実用にはならなかったですね。修士、博士もICUに行ったんですけれども、そこからアメリカに行こうということになって、でもアメリカに行っても最初の1日目から英語の授業は全然分からない。ニューヨーク出身の先生が早口過ぎて全然分からなくて、なまりもあってひどい目に遭いました。そこからの再起動ということでやっているので。

キャリアパス的には非常に汚い人生を歩いてきた中で、まあこういうのもたどり着いてるというところなんです。だから生き方の問題で、それが人生ゲームみたいなことにつながってるんだと思うんですけれども。教育の研究者っていう仮面をかぶっていますけれども、別にそんな大したことではなくて、要は個としてどういうふうに生きたいかという、生き方の問題。これに対してその環境がどういうふうに呼応してくれるかっていうことなんですけれども。今日は皆さん、若い人もおられますけれども、自分で勝手にそれに近い環境を求めて動いてただけなんだと思うんですね。だから日本は多分息苦しかった。僕がそういう生き方をしているのに対して、弟は日本で一番大きい不動産会社に勤めていますけれども、日本に帰ってこないほうがいいよ、もうそういう生き方をしているような人間は多分この国ではやっていられないよと親切にアドバイスしてくれて。ただ東日本大震災が起こって、そのときに一番痛感したのは日本のサイエンスコミュニケーションがいかにないかということで。アメリカでみんな笑いものになってましたね、NHKとか政府、東電が発表するやつとかを見て。CNNなんかも、最初はNHKとかを翻訳してたんですけど、あまりに意味がないということで、独自にレポーターを送って中継させたりして、自分たちで見て聞いて伝えるということをしていました。

これでは日本はいけないだろうと思ったわけです。他にもいくつか理由はあるんですけれども、それがグリーンカードを捨てて帰ってきた一つの動機みたいなものですね。ごめんなさい、全然話がまとまらない、そもそも何の質問だったのか思い出せない、こういうことはとってもよくあって。昔的には『窓際のトットちゃん』のような感じですが、駒井先生の質問は何でしたでしょう?

駒井 まあ、何でしょうね、合わないなというのを感じて、それを実際に行動に移せる素養みたいな。

飯吉 素養というか、愛が深いんだと思います。特定のものに。何で英語をやったかというのも、英語は嫌いだったんですけど、パソコンは好きだったんですよ。自分で8ビットのパソコンを作ったりとか、いろいろ機械語をやったりとか。マニアみたいになって、そうすると当時、やっぱりそういう情報ってネットがないから、紀伊国屋とか本屋に行くと、2ヶ月くらい遅れて船便で入ってきたアメリカのコンピューターの雑誌がとても高い値段、3,000円くらいで売られていたりして、それをちょっと立ち読みしたりするときに英語なんですよ。それで、これは英語をやらないと自分の好きなことが学べないなと考えて。だから、何かを深く愛するというか、非常にのめりこむということは僕はすごく大事だと思っています。研究でも何でもそうなんですけれども。ただ、のめりこんでタコツボ化しているときには、同時にもう少し広く、いろんな興味というのも持つべきで。山中先生もそうかもしれませんが、ノーベル賞を取るような人でも、失敗から、偶然から、アイデアが出てくるみたいなことが多くて、本当にずっとやっていて取れたという方ももちろんおられるんでしょうけれども、そういう遊び心とか失敗とかから出てくることも結構ある。人間万事塞翁が馬っていうのを山中先生も言っておられました。

駒井 モチベーションというのがやはりすごく大事だと思っていて。先生がおっしゃったみたいに、コンピューターをやりたいからこれをやらなければとか、多分皆さんもそういう動機のようなものは割とお持ちだと思うんですが、そこから先へはなかなか進まない。その理由というのは何なのかなといつも考えて、なかなか答えが出てこないんですけど、行動に移すにあたって失敗を認められない文化性みたいな、フォロワーシップのメンタリティとかそういう問題なんでしょうかね。

飯吉 でも今、それは崩れてきているんじゃないですか。

駒井 日本でも?

飯吉 やっぱりそこら辺の感覚っていうのは、崩れつつあるとは思いますよ。ただ、面白いのは日本では、クールビズとか、ウォームビズっていうのも出てきましたが、ああいうことを役所が始めるとみんな真似を始めますよね。公立大学とかでもやっている。本来みんな自由にやればいいようなことが何だかこう、トップダウンで。僕なんかが夏に自分の研究室の温度を21度とか22度にしておくと、事務の人が入ってきてすごいこの人は非国民だって目で見るんですね。単にそういう被害妄想なのかもしれないですけども。ただ人によって、体感温度とか違うんじゃないかと。みんな26度、27度っていうのはどうなのよと思いますよね。日本っていうのはそういうのが好きで、それをやっていることで自分は社会に貢献しているだろうとか、良き市民であるというところを見せるんだけども。幸いなのは自分で勝手に部屋の温度を変えられるようになっているので、僕なんかはすごく大柄だから、申し訳ないけど、不愉快になる人がいたらね、息苦しいと思うので。

日本の大学院のときに、塾で講師のバイトをしていて、小学校5年生の受験コースを教えてたんですが、ひそかにある研究をやったんです。夏の夏期講習で、部屋の温度が高いと子どもがブラウン運動みたいに動き始めて落ち着きがなくなるんですね。これは立たせたりいろいろしても駄目だと。それで発見したんですが、温度を3度下げるといいんですね。みんな静かになります。ちょっと先生寒いよというくらいのほうが実は子どもは集中できるということを発見したんですけれども。大学院の僕の指導教授が、赤道直下とかの熱い地域に出向してUNESCOの課長なんかをやっていた人で、「飯吉君、なんで途上国とか赤道に近いところで子どもの教育が遅れるのか分かるかい?」って言うから、経済のことが、とか答えようとしたら、違う違う、熱いんだって。熱いんだよとにかくって言うんですね。僕合ってたんだなあと思って。シンガポールとかに行ったら冷房をガンガン効かせてるじゃないですか。あれってやっぱり、効率を上げるために浸しているんですよね。黒川先生を引き合いに出して置いてこの人は原発推進派なのかと思われるとそれはそれでしゃくなんですけれども。

駒井 いやもう本当、何でしょうね、何をおっしゃってたのかこっちも忘れてしまって。

飯吉 イリュージョンですからね、大変ですよ、僕の学生とか同僚とか。こんなんでよくセンター長とか勤まってるなって。会議も長くて、ほとんど進まないですね。

駒井 いや、面白いです。会場にも何か聞いてみましょうか。

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