「社会の役に立つ研究者」になる方法ってなんだ?(7)

Science Talks LIVE、第2回のトークゲストは国立情報学研究所の宇野毅明氏。すぐに産業化の見込めない分野の研究者は社会の役には立てないのか? 科学と企業、社会が互いに手を携えて、新しいもの、価値のあるものを作って行くことができたら、それこそが「社会の役に立った」ことになるのでは? 研究者が社会で生きていく為に必要な考え方や資質を、ご自身のエピソードを交えてお話いただきました。

フロアディスカッション:研究者に社会が求める資質って何? その3

質問者E 社会に役立つ研究、研究者というお話でしたが、イベントの説明の中では社会というものが何も議論されていなかったですよね。今一番問題なのは、社会に対してどうしたらいいか。その人がどういう社会を考えているのかということだと思うんですが。そういう意味で今日のお話は、従来私自身が思っていたことと同じで、とても満足でした。

科学哲学に鷲田先生(編集註:鷲田清一、わしだきよかず、京都市立芸術大学理事長・学長)という方がいらっしゃるんですが、その方がやっぱり社会における研究者の役割についてお話をされていて、研究者は市民として自分の持っている専門知識、考え方を社会に還元する、自分がリーダーではなくてフォロワーとなってサポートする、それが社会における研究者、科学者の役割なんだと。研究することだけではなくて、市民としての役割だということでした。そういう人が増えることが、少しでも世の中が良くなることに繋がると思います。非常に楽しかったので、コメントしました。

宇野 ありがとうございます。今日は社会に役立つという話だったので、社会問題についてはお話ししなかったんですが、社会問題に取り組むことを考える時に、問題そのものに対して何か解決法を見つけ出そうというのはあまり良くないアプローチなんじゃないかと思います。それは、そもそもそんなに単純な問題である訳がないし、解決法が何か1つに定まるような問題が社会問題になっている訳もないからです。解決法は多分それぞれの人で違う筈ですし。最も重要なのは、そこにある問題に対して、皆がちゃんと考えられること。その為の知識や能力、相手、そういうものがちゃんと世の中に存在していて、皆が考えられる状態になっていることが一番、社会問題を解決のための近道になるんじゃないかと思います。研究者とか、社会問題に対する意識の高い人というのは、考え方や、そういう環境を整備するためのリーダーシップを発揮する人になる。。誰かがテレビで何か言ったから何かが解決するというような話ではなくて、ある程度ローカリティを持つ人が、それぞれの周りに伝播させていくような、そういう形で社会の問題って解決していくんじゃないかな。解決はこうするんですよ、じゃなくて、解決にはこういう環境を整えるんですよという、これからはそういうアプローチで、世の中が良くなって行ってくれないかなと思っています。

嶋田 僕の仕事の周りだけかもしれないんですが、最近よく聞く話として、社会の人と科学技術分野の人達が一緒に対談をして、働いて、共に作っていくというような言葉が使われていますよね。あれには2つの意味があるんじゃないかと思うんですが、1つは今日宇野さんにお話しいただいたように、そもそも何が問題になっているのかという課題の捉え方のところで、こういう課題があるんじゃないかと皆で話し合うという意味です。もう1つは、例えば子どもが減っていくのをどうしたら抑えられるだろうかとか、そういう非常に具体的なテーマに対して、皆で知恵を寄せ合って何とかすると。研究そのものというよりも、研究をバックグラウンドにした、人の役に立つ活動ですね。この2つだったら、これからどっちが重要になると思いますか。

宇野 両面あると思うんですが、研究者の研究のアウトプットのやり方にも教育することと、成果発表をすることの2通りがありますよね。課題をちゃんと明確にしてそれを表現するというのは、研究で言えば論文を出すようなところで、こういうのがありますよという1つの形を皆に提示することだと思うんですね。教育というのは何かを伝えていくことで、ある種のローカリティ、局所性・地域性があります。自分の身の回りのところに1つ1つ植え付けていくこと、1つ1つ具体的なことをやっていくこと。少子化というのも、良いことを何か1つやれたら万事解決、みたいな話ではなくて、解決の一助になるような小さなことが100とか1000とかある訳です。そういうことを1つずつ積み上げて行くというのが、研究で言うところの教育とか、実装、社会還元みたいなところに対応する。その両輪というのがやっぱりあるんじゃないかなと思います。

嶋田 両方あるということですね。

宇野 はい。

嶋田 科学技術関係の人達が最近、競争って何だろうなって、分からなくなっているんですね。皆それぞれ解釈はあると思うんですが。

宇野 共に作るのも競争ですね。

嶋田 共に作るのも。そうですね。

宇野 研究者のことで言うなら、それぞれの人が専門性を持っていて、その人達が一緒に作るということは、お互いの中で一番芯にあるもの、その中で貴方に伝わるもの、みたいな部分を深く掘り下げて、お互いに出し合って、混ざったところから作って行くような、そんなイメージを持っています。

嶋田 それは、さっきのお話だと、問題・課題を設定することと、それを実際に解いていくことのどちらに当てはまりますか。

宇野 問題を区切った瞬間に、その中で一番抽象度の高いレベルと具体的なレベルって発生すると思うんですね。この社会問題について考えましょうという時に一番抽象度が高いのは、社会問題って何ですかというところです。一番抽象度が低いのは、それぞれ解決するためには何をしましょうかというところ。ただ、じゃあこうやって解決しましょうと問題設定をした瞬間、またその中で一番抽象度の高いところと、具体的なところができる。こういう相似的な構造はあるんだろうと思います。研究でも、ビジネスでも、どんなに具体的なことをやっても抽象的なことをやっても、凄く抽象度の高いところと実際にやる具体的なところはやっぱりあるんだと思います。

嶋田 なるほど、これは深いですね。ありがとうございます。

質問者F 貴重なお話をありがとうございました。大学院修士2年で生物を選考しています。新たに知識を得たり、共同研究に繋がるような人と人の繋がりを持つには、人に会ったり話したりすることが重要になると思うんですが、人と話す時に、よりたくさんのことを得るために注意すべき点はありますか?

宇野 自分が関わっているというか、自分の興味のあることをなるべく聴きたいというモチベーションだと思うんですが、自分の研究のことや、自分の考え、こんなことが起きると良いなと思っているその気持ちを、相手に解り易い形で上手に伝えられる、そういう言葉を日ごろから準備しておくというのが凄く重要だと思います。色々な人と会って、それこそ子どももお年寄りも、会社員の方も主婦の方も、自分の昔の友達も今の友達も、それぞれ興味が違うと思うんですよね。その色々な興味に対して、自分のことや自分の気持ちをどうやったら説明できるのか。その言葉は全部違うはずで、誰にどう説明するのかという言葉の準備ができていれば相手の興味に合わせて自分を上手に出せる、そうすれば相手も面白い話を返してくれると思います。

質問者F ありがとうございます。

質問者G お話ありがとうございます。理系の大学生で、将来、研究者になりたいと考えている者です。

宇野 頑張ってください。

質問者G 研究者のアウトリーチが最近結構求められていて、プルーフ記事を書いたり、自分の研究の話をしたり、本を書いたりしていると思います。そういうアウトリーチは、例えば論理的な文章を書く能力というような研究者としての資質、今日のお話で言うと伝播力とか表現力を売っていて、ある意味では役に立つ研究者のやっていることだと思うんですが、最近問題になっているのが、業績として評価されないことなんですね。アウトリーチをやっても論文にはならないから、幾らやっても次のポストが見つかる訳ではないということが良く問題にされています。こういうものを評価するシステムも必要じゃないかと思っているんですが、どうお考えでしょうか。

宇野 まずシステムがいるか、いらないかという面については、僕はそんなに頑張って作らなくても良いと思います。何故かと言うと、こんな風にアウトリーチを評価しましょう、ということになったら、またそこに良いアウトリーチと悪いアウトリーチができるんですね。そうなると、本当は必要だと思っていても、これは今あまり評価されないアウトリーチだから、もっと良いアウトリーチをしようという話になって、先ほどの話の相似形の世界を繰り返すだけなので、それよりはもう少し捻った方法でアプローチをした方がいいように思います。

それから、そもそも思い出していただくと、論文もアウトリーチなんです。例えば数学の定理を思いついたとして、自分の中では確信を持って証明できたとします。これを論文という形で他の研究者に伝えるということ自体が、既にアウトリーチなんです。アウトリーチというのは他の人に伝えることで、その手段も色々あって、その中でたまたま論文という手段だけが、何故かは分からないけれども凄く業績としてカウントされている。こういう世界観なんじゃないかと思います。正しさを保証されたうえで研究者のコミュニティに開示する活動、これだけが評価されている現状です。

他の活動はどうなのかというと、他の人に何か知らせるという意味では本質的にはあまり変わらないんじゃないかと僕は思ってます。研究者には研究者の言葉がある訳ですが、僕は情報の研究者ですが、例えば生物の人に成果を見せることを考えると、やっぱりいつもと違う言葉を使わないと分かっては貰えないですよね。それは情報の研究者同士でもあって、専門が比較的近い人工知能やデータベースの人にさえ、僕が普通に話してしまうとアルゴリズムの僕の成果の一番深いところの話は分かって貰えないんです。結局のところどんな人でも、自分と違う人に対して自分の成果を伝える時は必ず難しさが発生するので、そこは同じだと思います。

捻った方法について、これは僕の場合ですが、論文を数で評価されるんだったらたくさん作ればいい訳なので、その為には、簡単に論文を書ける方法を身につけてしまう方が近道だと思います。やりたいことが他にあるなら、稼いだ数で後は勝負をすればいい。ただあまりにも馬鹿みたいな稼ぎ方だと悲しくなってきてしまうので、例えば将来の研究に繋がるとか、誰かと関係が作れるとか、そういう形で、最低限何かの役に立つような論文を書くようには努めています。

質問者G ありがとうございました。

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