オープンアクセス夜話(第5話)~オープンアクセスは「安かろう、悪かろう」?~

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研究者 VS. 学術情報流通のプロによるオープンアクセス談義、第5話はオープンアクセスの論文評価クオリティに関する批判について。オープンアクセス・ジャーナルは著者がお金を払って論文を電子版でどんどん出版するモデルですから、OA化が進むことで世にでる論文の数は圧倒的に増えます。増えてくると問題になってくるのが、「どれがほんとに良い論文なの?どの論文を読めばいいの?」ってこと。実際、自費出版モデルという性質上、科学のクオリティを担保するという点で、オープンアクセスに懐疑的な意見をもつ人も多くいます。「オープンのほうがクオリティは上がる!」という宮川教授と、「とはいえ、オープンアクセスは金儲けのためにクオリティを度外視する悪いジャーナルが出やすいビジネスモデルでもある」という林氏。 

<これまでのお話>

 

オープンアクセス談義、濃度が上がってきました。はじまりはじまり。
※聞き手:湯浅誠

第5話 オープンアクセスは「安かろう、悪かろう」?

湯浅 宮川先生はオープンアクセスにしたほうが論文の情報価値の重みづけがしやすいと主張されています。これはジャーナルの査読者あるいはエディターが論文の価値を決めて出版するかどうかを決めるのではなくて、あくまでも読者が読んで価値を決めるべき、と。そういう解釈で間違いないですか?

宮川 そうです。オープンアクセスっていうのは「安かろう、悪かろう」みたいなことを言われることもあります。たとえば去年のサイエンスのニュースで出た記事ですが、ある人が完全にでたらめな論文をでっち上げて、304のオープンアクセス誌にばらまいて投稿したら、なんと半数以上のオープンアクセス誌にアクセプトされちゃった。それは問題じゃないか、と。

湯浅 ありましたね。

宮川 でもあのケースだって、悪いのはオープンアクセスというシステムそのものではないんですよ。当然ちゃんとしたオープンアクセス誌とそうでないオープンアクセス誌があって、いいOA誌は基準を設けて、最低限の基準を満たすもののみ出版するというプロセスをちゃんと踏んでいる。このケースでも、データをよく見るとProsONEとかBio Med Centralの一部のジャーナルなんかはきちんとでたらめな論文をリジェクトしている。一方で、ちゃんとしてるはずの伝統的な出版社から出ているジャーナルで逆にアクセプトしちゃったところもあるわけで。結局、問題は各ジャーナルがどういう基準をもって審査しているかに依存するのであって、OA誌だからと批判するのはあまり意味がないんですよ。

 ただ、科学的に正しくない論文でももとにかく出版しちゃえばお金になると考えているヨコシマなOA出版社が存在するのも事実。オープンアクセスのビジネスモデルって、なるべくたくさんの論文を出した方が事業高が高まるでしょう?そういう悪いOA出版者は淘汰・排除される仕組みを学術情報流通界、学術出版会自体が持つべきだとは思います。すでに図書館業界では有名なんですけれども、Predatory Journal Listといって、あやしげなオープンアクセスジャーナルを出してる出版社のブラックリストがすでにあるんですよ。

宮川 でも、まあ、そういう怪しい出版社から出ている論文はどっちみちあんまり引用されないですよね。

 そうですね。結果的には評価されないので、その自然淘汰の仕組みが働いていれば、オープンアクセスだからクオリティが低いと短絡的に批判することも難しくなってくる。そこも、だから研究者コミュニティの努力ですよね、必要なのは。そういった悪いジャーナルをどうやって排除していくか、というのは。

宮川 そうですね。

――最近は聞いたことない怪しげなOA誌から研究者に「うちの雑誌に寄稿しませんか」なんて呼び込みメールがしょっちゅう届くようになった…なんて話、よく聞きますよね。オープンアクセスに限ったことではなく、投稿に値するいいジャーナルの層を厚くするために研究者コミュニティから働きかけられることってなんでしょうか?賛否両論、皆さんのご意見お待ちしています。

 

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