オープンアクセス夜話(第2話)~「紙面の制約」が諸悪の根源~

オープンアクセス夜話(第2話)~「紙面の制約」が諸悪の根源~

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研究者 VS. 学術情報流通のプロによるオープンアクセス談義、第2話は従来型の紙ジャーナルが持つ「紙面の制約」問題です。研究者の立場から、宮川教授はジャーナルに紙面の制約、つまり掲載する論文の本数の制限さえなければ、論文のリジェクト数が減る。電子化とオープンアクセス化によってアクセプトのハードルが低くなれば、研究者が無意味な再投稿のワールドツアーに苦しめられることはなくなると語ります。一方、林氏は情報流通の観点から、論文が大量に世に出ることで起きる混乱を危惧する議論について語ります。

<これまでのお話>

[aside type=”boader”]<ここで「紙面の制約」についての超ランボー解説>
従来型の紙媒体ジャーナルは年間の発行頻度とページ数が限られているので、今年は○○本の論文以上は出せません!という出版本数の制約が生じます。そのため、みんなが投稿したがる高インパクトファクター誌などは特に、良い論文のなかでもホントにスゴイやつしか載せないよ~、ということでリジェクト率が必然的に高くなります。一方、オープンアクセス・ジャーナルではページ数制限なんてないので、科学的妥当性のある論文は基本掲載するというポリシーのところが多く、「良い論文なんだけど、ページ数が足りないから採用しませんでした」ということにはならないので、研究者にとっては命がけで書いた論文がより世に出やすいシステムなわけです。[/aside]
とにかく自分の研究成果を早く出したい研究者にとっては、オープンアクセスは優しいシステムなわけですが、情報を享受する読者にとっては、よりたくさんの論文を読んで良し悪しを精査する高い情報リテラシーが求められるため、混乱を危惧する声も。
クロストーク、はじまりはじまり。
※聞き手:湯浅誠
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林和弘/Kazuhiro Hayashi
科学技術・学術政策研究所(NISTEP)
科学技術動向研究センター 上席研究官
1995年頃より学術論文誌の電子化に関わり、科学研究から転身して電子ジャーナルの開発および事業を確立。電子ジャーナルや科学技術・学術情報流通の将来を念頭においた調査研究や先導的活動を行う。
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宮川剛 / Tsuyoshi Miyakawa
藤田保健衛生大学

総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授
遺伝子改変マウスの表現型解析を通じて、遺伝子・脳・行動の関係と精神疾患の発症メカニズムを研究。研究者の視点から研究環境の向上にかかわるさまざまなシステム改善への提言を積極的に発言。
 

第2話 ジャーナルの「紙面の制約」が諸悪の根源

 宮川先生はオープンアクセス化を推奨すべき理由の一つに、紙ジャーナルだと誌面に制限があるのがまずいんだとおっしゃっていますよね。つまり、雑誌の発行頻度は決まっていて、1冊の雑誌のページ数も決まっているから、自動的に掲載論文数も限られてしまうと。このポイントにひとつ補足すると、多くの商業出版社というのは「ページバジェット」っていう考え方を持っていて、毎年「来年度は何ページ分を刷る」と決めている出版社が結構多いんですね。決めちゃうとそれ以上のものは載せられないんですよ。つまりすばらしい研究成果が出ていたとしても、ジャーナルの決めたページバジェットからはみ出る分の論文は来年度に回ってしまう。これだと活きのいい論文が後に回されてしまいかねないっていうリスクはあります。
宮川 今おっしゃった「誌面の制約」はすごく重要な問題です。これが諸悪の根源で、我々研究者が苦しめられている原因です。つまり「紙面の制約」があるが故に論文がリジェクトされるわけですよね。アクセプトできる論文の数が決まっているから、相対的にリジェクトしなきゃいけないものが必ず出てきてしまうと。
 そうですね。
宮川 で、リジェクトの基準というのもまたインパクトとか、コネとか、ものすごい曖昧で。そんなことで研究者が苦しめられて。こっちでもリジェクトされて、あっちでもリジェクトされて…、と延々とインパクトファクターの高いジャーナルからちょっとずつ低いジャーナルへとワールドツアーをやっているようなもんです。3年で世界一周(笑)。
 (笑)
宮川 本当に全然笑い事じゃなくて、よくあることですよね。
 あまり表に出ない話ですけど、編集委員に知り合いがいるとちょっと有利とか、そんなことはいろいろ聞きますよね。
宮川 ありますよね、実際のところ。メジャーなジャーナルでは専任の編集者がいて、そのエディターが学会とかシンポジウムに出席するわけですよ。ゴードン・カンファレンスとか、キーストーンとかコールド・スプリングハーバーとか、そういうシンポジウムに。そこでエディターとお友達になっておくってのが、実は論文がアクセプトするかしないかにかなり効いてきますよね。それからそのジャーナルの査読者とお友達かどうかも…。
 それは逆にジャーナルの立場から言うと、投稿されてきた論文の先に、その研究者の顔がみえるかどうかが査読の結果に影響を与えうるんですよね。その研究者の信頼性が良くも悪くもバイアスになる。査読する側にしてみたら、信頼できる研究者だったら通したい。顔つなぎしておけば優遇するという意味じゃなくて、逆なんですよ。筆者の顔が見えない論文を査読しなければならない場合は、どういう人が書いているか分からないからすごく厳しく見ざるを得ない。これは立ち位置によって表現が変わるだけなんですけれども、編集の現場っていうのはそういったことがえてしてあるといわれています。
宮川 実感として、そのバイアスがないと思っている研究者はいないですね。
湯浅 それがオープンアクセスになるとどう変わってくるんですか?
 リジェクトされる論文が減ってくるわけですよね。原則的に。
宮川 オープンアクセス化すると、「今年はこれだけの論文しか載せません」というページバジェットがなくなるので、リジェクト率は下がる。すると、どんどん世に出せる論文数が増えるので、バイアスなどの問題も自然と軽減するだろう、というロジックですね。
 そうですね。論文が世に出る敷居がどんどん低くなるわけです。そうすると今度は「じゃあ論文が増えてきて、その価値の重み付けがなくなるとどれが面白い論文かわからなくなって途方に暮れちゃうんじゃないか」っていう意見があるんですよね。今、われわれ研究者がどの論文を読むか選ぶときには、このジャーナルにでているこのトピックだから読むという、それがフィルターになって読む論文を選んでいるわけです。論文出版の敷居が低くなって何でもかんでも発表されるようになったら、情報が世にあふれてノイズが増えて、何を読めばいいか分からなくなってしまうんじゃないか、と。でもこれは、むしろ逆なんじゃないのかな。
宮川 逆ですよね。
 いままでは論文として世に出る前の段階で重み付けをしちゃってるわけですよね。極めて少数のエディターとレビュアーが論文の重み付けをして掲載するかしないかを判断をしているのが従来型のしくみです。オープンアクセスでどんどん論文発表の敷居が低くなると、出版後評価=ポストパブリケーションエバリュエーションが中心になっていきます。それをちゃんとやれば情報の重み付けという観点では全然問題ないはずです。
湯浅 情報量が増えると当然、ジャーナル編集・査読者ではない誰かが論文を見て「これはいい、これはダメだ」と重みをつけていく必要がでてくるかと思うんですが、それって研究者コミュニティに全部まかせちゃうクラウド型でほんとにうまくいくんですかね?
 それはProsONEが今まさに実践中ですよね。オープンアクセス・メガジャーナルとしてなるべく広い分野から論文を集めて、科学的に問題がなければ、新規性や有用性は問わないで掲載するという形になっていますね。
宮川 原則的にはなんでも出しちゃうんですよね。サイエンス的に問題がなくて、技術的にもちゃんとしている、それだけクリアしていればなんでもかんでも出す、と。
 そのかわり、アーティクルレベル・メトリックスと言うんですが、論文単位で今のところ数値化できる指標をいっぱい表示させている。ソーシャルブックマークの数、文献管理ツールに保存された数、ツイッターでツイートされた数、ブログで取り上げられた数、Facebookで「いいね」を押された数、っていう今のところカウンタブルなものはすべて、当然サイテーションも含めてすべて論文単位で掲載しています。
宮川 そうですね。オルトメトリックス数値※で出てくる世間から注目されている論文って言うのは「お、なんだこれ」とは思いますよね。ダウンロード数が多かったり、言及されていたりすると。※
※オルトメトリクス(Altmetrics)とは「alternative(新しい、代わりの)」と「metrics(指標)」の造語で、被引用数などの論文評価指標ではなく、ウェブでのソーシャルメディア等での言及数から論文の話題性や社会的インパクトを測定しようとする手法および指標。
 ProsONE、おもしろい論文はプレスリリースをやってますよね。インパクトがありそうな論文はセレクションしてプレスリリースを積極的にする、という。これはBMCでもやっているかもしれないですけど。そういう重み付けはやってますよね。重み付けのやり方はひとつじゃないんですよ。
宮川 いろいろ、皆さん試行錯誤していますよね。
 そうですね。計量書誌学の研究者からすると、群雄割拠というか、戦国時代というか。どの数値を使ったら被引用数に変わりうるのか、または被引用数に負けないくらいのインパクトを測れるのか…。
宮川 それ自体が一つの研究テーマ、一つの研究分野になっているくらいですよね。多分。
 しのぎを削っている状態ですよね。
宮川 使える指標を考案しさえすればそれが一気に広まるということになってくると思うんですけどね。オルトメトリックスは相当広まりましたよね。すでにいろんなジャーナルが使っています。
――すべてがオープンアクセス化した世界が仮にあるとして、情報の重み付けは本当にうまくいくのか。結局のところは「その分野についてよく知ってる『誰か』がある程度フィルターしてくれた情報を読む」のか、「その分野についてよく知っている『みんな』がある程度フィルターしてくれた情報を読む」のかというレベルの違いに落ち着いて、大した混乱は招かないのではないかという気がしますが、みなさんはどう思いますか?
 
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