「見るという行為は想像以上にディープ。考えることと密接なつながりがあるんですよ、というお話。〜未来研究トーク2015の記録(2)〜

「見るという行為は想像以上にディープ。考えることと密接なつながりがあるんですよ、というお話。〜未来研究トーク2015の記録(2)〜

ディープな錯視の世界から、「見ること」と「考えること」の複雑な結びつきを理解する。

「見る」ってどういうことか、皆さんは深く考えたことはありますか?あるいは「見える」とは?よくある身近な例で考えてみましょう。仕事から帰ると奥さんが不機嫌そうにしています。わけがわからず聞いてみると、「3日前に美容院に行ってヘアスタイルをすっかり変えたのに、あなたはこの3日間全然気づかなかった。私を全然見ていない。愛していないのね」、と落ち込んでいる。奥さんはちゃんと愛しているし顔もなんども間近で見ているけれど、髪型の変化に気づかないのはなぜか?今回は視覚情報システム研究をされている東北大学電気通信研究所 准教授、栗木一郎先生を話題提供者にお招きし、そんな視覚のミステリーをテーマに取り上げました。「見る」と「考える」のつながりを考えた「未来研究トーク2015」のワークショップ、第3回の取材レポートです。(専門的な内容を伝え切れてない部分がございますが、著者の説明が不足な点はご容赦ください)
[aside type=”warning”] そもそも未来研究トークって?
「未来研究トーク」は2011年に科学技術振興機構(JST)の研究開発戦略センターが実施した情報技術分野の俯瞰プロジェクトに集まった学術界や産業界の若手で構成された「未来研究開発検討委員会」のメンバーを核にして、「俯瞰力と問題設定力の鍛錬」を目的に掲げて、定期的に行われている勉強会です。
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未来研究トークの公式サイト

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…というと、ちょっと堅く聞こえるかもしれませんが、取材した印象は「あたまを柔らかくしなやかにするための自己鍛錬道場」といった感じ。様々な分野で活躍する熱い思いをもった未来研究トークの若手メンバーが、本業を終えた後のアフターファイブに集まり、オーガナイザーが仕込むあらゆる種類のテーマに熱いディスカッションを交わしています。

色と形の認識には時差がある。「見る」は均等には起こらない。

まず読者の皆さんに今回のテーマの面白さが伝わるよう、最初に栗木先生から視覚と認識の間に生じる差についてのこんなクイズから。「これから山手線の駅名を順に表示します。赤い文字で表示される駅名を答えてください。」1分程度の短い動画クイズなのでチャレンジしてみてください。

山手線錯視ムービーは栗木先生のウェブサイトからダウンロード可能です

わかりましたか?スーパービジョンの持ち主だったというあなた、すごいですね!栗木先生の解説によると、色と形をそれぞれ認識するとき、情報が入力されたタイミングが同じでも脳の情報処理に時差が生じるため、こんな錯視が起きるのだそうです。色の情報処理のほうが遅く、形の処理のほうが早いため、一瞬前に見た文字の色が一瞬後に見た文字の形に関連付けられて認識されるのだそう。
つまり、あるものを「見る」という行為は極めて複雑な脳の視覚情報システムの働きによるもので、写真をパシャっと取るのとは全然違ったもっと動的な働きなんだそうです。不思議だけれどわかりやすい。
では最初にあげた「愛する奥さんのヘアスタイルの変化に気づかない」という現象はどう考えればいいのでしょうか?このポイントは、視覚センサーの密度なんだそうです。

「何を見るべきか?」という前提の立て方によって、見えるもの自体が変わる。

栗木先生によると、視覚センサーは視野全体に均一に散らばっているのではなく、絞りをきつくしたカメラのレンズを覗くとフォーカスのあたらない部分がぼやけるように、見ようとする部分に対するセンサーが密になり、それ以外の部分に対するセンサーがスカスカになる傾向があるのだそう。栗木先生の解説を聞いてみましょう。

二人の人物が描かれた一つの同じ絵を鑑賞する場合でも、「書かれている人物はどんな服を着ていますか?」「人物はどんな会話をしているでしょう?」「彼らはどんな関係性だと思いますか?」といった異なるコンテクストを与えられると、視覚的にフォーカスする場所が変わり、それ以外の部分に意識が向かなくなる=見ていない状態になるということなんだそうです。
もしかしたら妻を一番気にかけている夫は、様子を察知するために奥さんの表情や目の動き、手の仕草にはセンサーが密に働いている分、それ以外の髪型や服装を認識するセンサーはスカスカになっちゃっているのかも。新しいヘアスタイルに気づかなくても、むやみに怒るのはやめてあげたほうがいいかもしれません。

もっとよく見えたら、世界はどうよくなる?何ができるようになる?

さて、人間の視覚はこのように、何を見ようとしているかによって見えるものが限定されていることが錯視の例を通した栗木先生の説明でわかりました。
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ワークショップ後半は参加者によるグループセッションです。今回も主催者の嶋田さんが2つの議題を投げかけました。グループワークではたまたま別れたチームのメンバー構成によって議論の方向性が少しずつ変わってくるのが未来研究トークの面白いところ。
議題その1「日常で見ることと密接に関係する体験の例をあげて、もっとよく見えたらどうなるかを話し合ってください。」
議題その2「今出たポイントの中から、ここを研究したらこんなことがわかるんじゃないか、よくなるんじゃないか?と思える研究テーマをグループで一つを選んで、話し合ってください。」
グループ1では素朴で身近な「見る」体験の例が次々と出てきました。

  • 結婚して7年。初対面の他人はわからないのに、奥さんの様子を見たら怒っているのかどうかがすぐにわかるようになってきた。なぜだろう?
  • 食べ物の鮮度とか美味しさが見えたら便利。
  • 電波が目に見えたら、Wi-Fiの電波があるか、強いかどうかがすぐわかる。
  • 画家や芸術家の目に世界がどう見えているのかを体験したい。
  • 8Kのテレビで立体感を感じるのはなぜだろう?
  • 白黒で見た映画をカラーで後から見ると何か違うのは、情報が多すぎて重要なことに逆に集中できないからだろうか?

[aside type=”warning”] 研究テーマ
そもそも視覚情報は記憶としてどれだけ脳に認知されていて、残っているものなのか?忘れた記憶を後から脳から引き出すことはできるのか?[/aside]
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グループ2は、どうしたらみんなが同じものを見ることができるのか?を中心に議論を展開。出たのはこんな意見。

  • 人によって見えている世界が違うが、同じにしてみたい。情報量を極端に削ればできるのではないか?
  • 達人の見え方が素人と違うのは、習熟度によってどの領域によりフォーカスしたらいいかがわかっていて絞り込めるからだろうか?
  • 子供の方が大人よりよく見えていることがある理由はなんだろう?
  • 犯罪者の顔の認識は、写真では難しいが単純化された似顔絵だと複数の人で認識が共有できるのはなぜか?

[aside type=”warning”] 研究テーマ
他人の「見る」を体験する方法の研究。メガネやヘルメットなどのツールを開発し、他人に世界がどう見えているのかを体験する方法として実用化することで、達人のものの見方を学んだり、障害の研究や個性を引き出すことに使えるのでは。[/aside]
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グループ3から出たのは、欲求や記憶がいかに見るという行為や視覚的認識に影響を与えるかという疑問から派生したこんな意見。

  • 人間の根本的欲求に近い情報ほど視覚センサー感度が高いのかも。性的欲求とか食欲とか。
  • 食べ物が食べる前から美味しそうにみえるのはなぜか?
  • 脳は事前に持っている知識によって見えている物の良し悪しを判断するため、記憶が視覚のバイアスになっている。

[aside type=”warning”] 研究テーマ
人間が「質感」を理解するメカニズムを研究できれば、「よりよく見せる」ための方法がわかり、マーケティングやビジネスに利用できる。例えば食べ物をもっと美味しく見せたり、部屋をより広く明るく見せたり、セックスレスの夫婦の感情を盛り上げたりなど」[/aside]
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「見る」と「考える」の密接なつながり、ディープな世界でした。「見る」はほとんどの人が共感できる身近な体験なのに、人や文脈によって体験がこんなに違うんですね。脳の情報処理システムの複雑な働きによって、私たちには目の前にある世界がそのまま見えているわけではなく、意味を伴った視覚情報が選ばれて入力され、処理されている。このように個別の脳によって取捨選択された部分、それ以外の情報をいかに活用し、文字通り「視野を広げる」かという課題に、無限の可能性というかロマンを感じたワークショップでした。栗木先生、話題提供をありがとうございました!

今日の裏メニュー

[aside type=”normal”] オリエンタルレシピカフェ(原宿)

未来研究トーク2015の会場は、原宿竹下口から徒歩2分の距離にある薬膳カフェ・バー、オリエンタルレシピカフェ。店長の桑原さんのご好意で、会場の一角を未来研究トークのために貸してくださっています。

oriental2 左が店長の桑原さん。お店の入り口にずらりと並ぶ薬膳酒のボトルが夜の照明に反射して、知的で特別なムードを演出。オリエンタルレシピカフェさんの自慢は上の写真の棚にずらりと並んだオーガニックワイン。オーガニックだからこそのがっしりした味わいを楽しめるそうです。

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薬膳酒は種類が豊富。すべてお店で漬けた手作りです。山査子、明日葉、トマト、クコ、シナモンといった珍しい薬膳酒から、みかんやキウイといった飲みやすいものまで取り揃えています。お客さんがうきうきしながら棚の前に立って、「どれにしようか」と思案して、好きなお酒と呑み方をカウンターに伝える注文スタイル。体調や好みを伝えてお店の方に選んでもらってもOK。

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それだけでなく、未来研究トークのために作ってくださった初公開のオリジナル薬膳メニューと薬膳酒で、勉強会のしめをふるまっていただきました。頭にも体にも効果満点の一夜を演出していただき、ありがとうございました。

未来研究トークのおすすめカフェ・バー、オリエンタルレシピカフェの詳細

ORIENTAL Recipe Cafe <オリエンタル レシピ カフェ>

ウェブサイト

〒151-0051東京都渋谷区千駄ヶ谷3-62-14-1F
TEL 03-6434-0950

営業時間 平日・土曜日・祝前日 10:00〜23:00 日曜日・祝日 10:00〜21:00
アクセス JR原宿駅 竹下口より2分 地下鉄明治神宮前駅 千駄ヶ谷口より5分

スクリーンショット 2015-07-22 0.31.12

今回も頭と体に効果満点の未来研究トーク・メニュー ごちそうさまでした!

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