科学技術振興機構顧問・元総合科学技術会議議員の相澤益男氏にインタビュー(2)「3.11と第4期科学技術基本計画」

2007年に総合科学技術会議議員を務められ、現在は科学技術振興機構顧問の相澤益男氏にインタビューしました。ご自身が携わった第3期、第4期科学技術基本計画や最先端研究開発支援プログラム「FIRST」と呼ばれる大規模プロジェクトを中心にお話をいただきました。


相澤
 非常に大きな政策展開だと思ったことは、第4期科学技術基本計画を作ることでした。第4期のスタートは2011年からでした。私が就任したのは第3期基本計画が作られてちょうどスタートしたときです。だから私が6年やるなかで重要なのは、この5年に渡る基本計画を作り上げていくということ。それから、第三期計画を実行していくこと。それに続いて第四期を作っていく。これが根本的に重要な仕事でした。

第4期を作ったときに3.11が起こりました。4月1日に新しい基本計画に入るのがスケジュールです。ということは、2010年の年末までには総合科学技術会議にて、こういう内容でよいかいう案の承認取らなければいけないわけです。これはちょっとプロセスが難しいのですが、実際の計画を最後にお化粧直しをして、それで閣議決定にもっていくところは文部科学省が所轄の仕事としてやっていきます。

だから、3月は出稿の段階に入るところでした。だからそこであの3.11はいろいろ意味で大きな変化でした。3.11以後、急遽、第4期の基本計画案を見直すということを宣言して、その再建というのに入りました。その中には震災からの復興をどうするのか、それから原子力エネルギーを中心としたエネルギー政策をどうするのかと。そういうようなことがたくさんある中で検討を進めて、最終的に閣議決定を8月の末に取り付けるというところまでをおこないましたがこれは大変な時期でしたね。

湯浅 全く前代未聞というか、全く今までなかったかたちですよね。

相澤 そのときに科学の信頼というのが揺らいだという時でもありました。そういうような意味で基本計画を実行し、そして作っていく。これがなんといっても最大の仕事でありますね。私はそれを実質的に全体をまとめていかなければならない筆頭の議員でありました。すべてをまとめていくということの重要さなんですね。そして、もうひとつは私の最も印象に残り、大きな努力を注いだのは「FIRST」と呼ばれているプログラムです。これが1番の印象に残りそれでこれが大きな展開をしたと思います。日本語では最先端研究開発支援プログラムというものです。これは2014年3月に一応終了しました。

湯浅 そうなんですね。

相澤 科学技術の中でも大変重要なことです。山中伸弥さんのiPS細胞の発見を国としてね、支援しながら、強力に進めていくということにからんでいることです。2007年にヒトiPS細胞の研究成果がジャーナルに発表されました。しかし同日にアメリカから同じような内容の論文が出るくらいの勢いでした。その理由はですね、その前の年に山中教授がマウスでiPS細胞を樹立したのですが、次はヒトにいくってことは明らかですよね。もう世界はみんな注目していたわけです。だから2007年にその論文が出た時はアメリカは大変な競合勢力が出てきているわけです。

湯浅 なるほど。

相澤 日本がこんなにすごい新しいコンセプトを発見をして、世界に打って出ていくというね。こういうことはね、そう簡単にはありません。山中教授はまだ若いですよね。今までの人たちと違って、現在こうやっているわけです。本当に2、3人のチームで立ち上げています。そういうようなこともあって、これをなんとか進めていかなければいけないということを議論していました。その時期、奈良先端大にの移ったあたりから山中さんを支援しはじめたのがJSTです。その時は「CREST」というプログラムで進めました。

だから、はじめてあの時に年間5000万円ほどの支援をはじめました。山中さんもあれがなかったら出来なかったはずです。だからあの時はいろいろなところが支援をはじめました。それだけの盛り上がりもあって、政治の側もこれは何とかしなければならないだろうというムードが出てきました。

湯浅 そうだったんですね。

相澤 産業界もそういう声が出てきています。麻生総理の時に補正予算で国をあげて研究支援体制を作ろうとそういう話が持ち上がりました。もちろん山中さんだけを対象とするのではなくて、山中さんのような人を次々と出していく。そういうことで構想されたのが「FIRST」です。だからこれが同時に、政権交代と絡まってね、極めてドラマチックに展開されていったわけです。当初は30人に2700億円を…。

湯浅 30人に2700億円。すごいですね。

相澤 これは今までの科学技術の予算というのは、各省にばらまいてしまうわけですよ。多分、この大きな構想ができないだろうと。結局、内閣府が自ら全体をプログラム作りから、それからプログラムを実施していくところまでを、総括的にみていこうとというかたちになりました。その中に、研究者に研究専念してもらうために何をつくっておく必要があるというようなことをいろいろ盛りこみました。

それから研究者というのは自ら何でもやらなければいけないような立場だけれども、研究専念できるためにはいろんな支援体制が必要で、また特許等のIPを確保していくためにも、支援体制が必要だと。そういう研究支援体制が日本は非常に脆弱なんですね。そういう体制も作っていこうとことになりました。「FIRST」中には、たくさんのシステム改革が盛り込まれていますが、まずはそういうかたちでスタートしました。

湯浅 そうなんですね。

相澤 その選考をやっていく時に総理も自らそこの中に入るぞというぐらいの勢いで作られた制度です。日本で初めてやったことがあの中にいっぱいある。ひとつは基礎だとか応用だとかそういうようなことを分野を問わない。それから、もちろん性別や年齢も問いません。ただ目指すべきことは世界のトップレベルの研究成果を出して、世界をリードしていくということ。それは日本発であってほしい。研究チームは国際的にオープンでもちろんいいのですが。しかしその研究の芽となったものは日本発であるというようなことが条件です。30人の枠にどれくらい応募してきたと思いますか?

湯浅 多かったのですか?

相澤 565人ですよ。

湯浅 それはいいことだと思いますが。

相澤 うん。だからそれだけやはり「我が研究こそ」とこういう高いレベルであるのだと。この問題はね、審査だよね。それで20数人の選考委員会を設置して、それでやっていきますが、上位の最終決定をするところの選考は総理がなさりました。実際の具体的なプロセスは私が選考委員長になっておこないました。大変ですよね。審査をする側が広い視野で分野の壁を乗り越えて審査する。いろいろな専門家の意見ももちろん聞いたりしてやっていくのだけれども。でも最終的には本当に良い人が選ばれるんです。

湯浅 そうなんですね。

相澤 ここからが政権交代の狭間なのですが。2009年8月、総選挙だったでしょ。だから8月末にここで政権交代が決まったわけです。だけども政権交代というのは、要するに選挙の結果が出たというのであって、しばらくはその時の体制になりますね。

その年の9月4日に応募者565人から30人に絞る選考を総理のもとでの会議を開催する日でした。この会議で決めなければ、政権交代してしまったら、それこそどうなるかわからないわけです。だから、最後の日はやはりいろいろと議論が出ました。次の政権が動くということが決まったので、その先のことまでを決めるべきではないというのが非常に強かったのです。しかし30人を決定しておかなければ大混乱になるだろうと。そこで最終的には麻生総理の名において30人は決めます。

湯浅 そうなんですね。

相澤 さきほどの2700億円。こういう予算面はその時の政権の裁量であります。額においてはそこで決めません。そして鳩山総理になり民主党政権になりました。次々と公共事業の中止をしたりいろいろありました。その流れの中で、この「FIRST」の2700億円も削減の方向が出てきました。FIRSTの趣旨については当時野党であった民主党も合意をしていました。結局、額を新たに設定して、結果的には1000億円を「FIRST」に、新たに500億円を別のプラグラムにということになりました。それで作ったのが「NEXT」です。これは若手、女性研究者、地方に根ざした研究者を対象にしています。

この2つのプログラムを具体的に動かせたということは、私が非常に思いを込めたところでもあります。研究者の人たちがどうすれば世界で活発に活躍してもらえるかということを具体的に作り上げたという意味で印象が非常に強いですね。

湯浅 ありがとうございます。この30名の方たちは実際にその後はどうされましたか?

相澤 その年の3月に30人全体のお披露目もやったし、みんなそれぞれが非常に知名度があがり、今でも次のプログラムで活躍していくような展開になっています。だから大変良い仕組みだと思っています。たとえば、東工大の細野教授。細野さんは鉄が含まれている超電導物質を発見して世界をフィーバーした人ですね。東京女子医大の岡野光夫教授は、細胞をシート上にして再生医療に展開していく研究を、東大の片岡教授はナノカプセルで臓器に特異的にターゲッティングできるようなものを作っていく研究をされています。

ただ、そういう非常に素晴らしい人たちがいるなかで、私が是非頑張ってほしいと思って期待していたことは、その中から飛躍的な知の発見が行われることなんです。

湯浅 すごい面々ですね。

相澤 九州大学の安達教授は、いろいろなディスプレイが付いてるところに有機物質でディスプレイを作っています。ちなみにさっきの細野さんもそういう薄型モニターのIGZOと呼ばれるシャープのすごい商品を出しています。この発明者です。だから彼は常識を破る発見、発明をもう3度繰り返していますね。安達さんは有機のディスプレイという発光するディスプレイの原理として今まで進められていた原理とは違った原理をつくり出しました。それで発光効率を100%に近いものにするという発見をしました。いま新たなプログラムとして「FIRST」終了と共に、JSTが進めている「ERATO」というプログラムがあります。ここに彼をもう一度新たな気持でもっと大きな原理を発見できるように進めてもらうというようなことを「FIRST」の中で次々と出てきていますね。

湯浅 本当に国家主導ではなかったら出来ないものだったということですよね?

相澤 しかも、1つ1つの省が自分の範囲のところでやろうとしたらできません。研究費の制度も単年度の会計を乗り越えられるように基金化したわけです。そうするとその期間、5年なら5年。あるいは期限を付けないでやる場合もありますが。そういう基金にしておけば単年度会計を乗り越えられます。そのあと、この仕組が良いということになったので、科研費も次々とその基金化を図りました。だからこれは研究者が本当に喜んでいると思いますよ。

湯浅 そこは本当ですよね。みなさん。

相澤 そしてその基金の管理は内閣府が行うわけではなくってJSPSの方ですよ。

湯浅 なるほど。お話を伺ってかなりわかりました。特にその「FIRST」に関しては、企画、政策から実行までをすごく集中してやられていました。

相澤 これは基本計画に書かれていないことです。つまりそれは第3期の基本計画を動かしている時ですよね。第3期にはそんなこと書かれていません。だからなおさら総合科学技術会議の果たすべき役割が極めて明確になっています。いろいろな特例事項です。

湯浅 書かれていないということがちょっと面白いですね。まさに4期のフォローアップという名のもとに、いろいろなところがレビューをちょうどされているところなのかなと思うんですけれども。

相澤 4期のところにはそういうようなことがもう走り始めている時ですから。それは表現はあるけれども。「FIRST」を作った時、それは2009年の話だから、第3期の期間なんですよ。第3期の基本計画はそんなことは全く予測もしてないわけであって。これはだから非常にダイナミックなイベントです。

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