科学技術振興機構顧問・元総合科学技術会議議員の相澤益男氏にインタビュー(1)「総合科学技術・イノベーション会議とは?」

2007年に総合科学技術会議議員を務められ、現在は科学技術振興機構顧問の相澤益男氏にインタビューしました。ご自身が携わった第3期、第4期科学技術基本計画や最先端研究開発支援プログラム「FIRST」と呼ばれる大規模プロジェクトを中心にお話をいただきました。

湯浅 まず、総合科学技術・イノベーション会議について教えて頂けますでしょうか?

相澤 この度、総合科学技術会議が総合科学技術・イノベーション会議として再出発しました。いうのは内閣府に設置されて、その議長は総理です。それから関連の大臣が6人入っています。総理含めて7人の閣僚議員。それであと有識者議員が8名います。そのうちの1人は日本学術会議の会長がそのポジションとして入っています。総理はヘッドで、あと科学技術政策担当大臣、文科大臣、経産大臣、その他が入っているわけです。これが総合科学技術・イノベーション会議にという会議体なんですね。だから、この存在が大きいわけです。

湯浅 なるほど。

相澤 今、説明した総合科学技術・イノベーション会議の議員の構成というのは極めて重要です。関連の大臣が入っています。だから科学技術の政策がいろいろなところで展開されていくわけですが、関連の大臣がみんな入っているということは自ら決めていくことになるわけですよね。だから同時に執行していくことにもなる。そういうような会議自体を日本は非常に誇るべきものとして考えているわけです。

湯浅 そうなんですね。

相澤 そもそもなぜこういう組織ができたのか? 1995年に科学技術基本法という法律が制定されています。ご存じですか? 当時、日本は科学技術創造立国ということを掲げて、科学技術を国の重要な国家戦略として進めるということを法律として定めました。これが非常に強いことなんです。

その法律に基づいて、5年ごとに科学技術基本計画というものを制定します。そしてそれを実行するわけです。だからそういうことができるのは、経産省や文科省などいろいろな省が科学技術に関係しているわけですが、国の戦略として立ててそして進めるという体制です。

湯浅 国として進めていく体制。

相澤 その中で有識者議員は総理に任命されるから、その総合科学技術・イノベーション会議という会議の本体と共に活動するわけです。その中でいろんな政策展開がおこなわれます。総理が議長ですが、総理が変わったら総合科学技術・イノベーション会議はどうなるのか?

湯浅 どうなりますか? 総理から任命されるのでまたもう一回任命をし直すような感じになりますか?

相澤 そこが理解が違うわけですよ。総理から任命されるのであって、総理という職は政権が変わろうとなんだろうと総理。それで議員の任期はあるけれども、総理が変わってもそこは変わらない。

湯浅 変わらないんですね。

相澤 これが極めて重要です。総理が変わっても議員は変わらない。2年経てば変わるけれども。結局そこまでをよく理解しておかないと、軽々しく政権交代がっていう話をね、出すときに間違える可能性があるわけですよ。

湯浅 そうですね。はい。

相澤 政権交代があったのは2009年ですよね。2007年、8年と過ぎていって9年になるところでね。私にしてみればその中で既に3人総理が変わってはいるのですが、その時に私は任期を1回超えていたけけれど、通してずっとそういうことをやってきたわけです。

そこで2009年に政権が、鳩山総理になったわけですが、鳩山総理になってから政権が変わったという大きな変化でも、私自身は変更なし。任期が残っていれば。

基本的には政権が変わっても総合科学技術会議がやらなければならないことを、総理が変わったからっていうことで簡単に変えるわけにはいかない。しかしながら、ここが難しい。それぞれの総理の時には、特長的なことをやりたいわけだよね。ここに重要な基本的なことがあるわけです。

科学技術基本法というものに基づいて作られた5年ごとの基本計画。この基本計画は極めて重い意味を持っているわけです。その中にいろいろなことが書かれているわけでそれをどう実現していくかという時に、総理の特長を出していくということが基本になりますから。だから今までのものを無視してねというわけでもない。そこに特長を付けをしていく。その場合、総理の特長が明白になるようにする。

湯浅 そうなんですね。

相澤 ただ単に総理が同じ政権内で変わっていく時はそうなのだけれども、民主党の政権になる時、それから今回また民主党から再び自民党になったとき、その時の変化はかなりのところに表れます。

湯浅 わかりました。ありがとうございます。そもそも、総合科学技術・イノベーション会議の常勤議員をお務めになられるきっかけはというのは?

相澤 これは立場上、自分から望んで就くような職ではないんです。それは国の重要なポジションで、国会の承認人事というもので国会が承認しなければ通らないというものなので。しかしその基本的な案はもちろん内閣府が作っていくわけです。

ですから、そういう話が進んでいる事こと自体はわからないわけです。だから自分から希望してなったというのではありません。当時、私は東京工業大学の学長の任期中でしたが、ある時突然学長を辞めてでも総合科学技術会議の常勤議員をやってほしいという声がかかりました。突然でもあり、しかも、現職の学長がそういうポジションにつくというのはちょっと難しいわけですよね。

湯浅 なるほど。

相澤 今まで総合科学技術会議の常勤議員で筆頭の議員になりますが、そこにはすでに二代私の前におられて、そのひとりが京都大学の総長をやっておられた井村先生。それから、その次が東北大学の総長をやっておられた阿部先生。そういう方々がやられて、そのポジションなんですよね。それで私は東京工業大学の方で。しかも私はもうひとつ重要な職として国立大学協会の会長もしていました。まずその職を辞めなければならないというような状況になったわけですが、結果的に、それを引き受けることになったわけです。だからその時の学長の任期が、2007年から総合科学技術会議の議員になるのですが、その任期のスタートは1月。ところが私の学長の任期はその年の10月まであるんですよね。ということでその間はある意味では非常勤の立場でやるということを認めてもらって。

湯浅 もう激務ですね。それはすごいですよね。

相澤 そういう2つの職を常勤でやるということはちょっと無理ですよね。だから法律的にもそれを禁止しているわけですが。結局は実質的に常勤として動くようになりました。私は理系でもあり、それから研究者としてもやってきたし、それから大学の学長職などその他諸々つとめてきました。総合科学技術会議の常勤議員として今まで生かせるようなところして適切であると、どなたかが判断して、常勤議員になりました。

湯浅 常勤議員というのは任期が決まっています。その再任というのは基本的にはないものですか?

相澤 再任はあります。だから私は実際に2007年1月から2013年1月まで6年間つとめました。2年後ごとに国会の承認が必要でした。

相澤益男氏インタビュー(2)≫