「日本の研究の仕組みって、ダメだなあ」藤田保健衛生大学・宮川剛教授インタビュー(1)

miya1今回のScience Talks-ニッポンの研究力を考えるシンポジウム、第1回大会「未来のために今研究費をどう使うか」、登壇者インタビューでトップバッターを切るのは、藤田保健衛生大学総合医科学研究所システム医科学研究部門、宮川剛教授です。
国内の脳科学研究でトップを走る宮川教授は、研究のかたわら第36回日本分子生物学会年会が主催する「日本の科学を考えるガチ議論」で今の日本の研究評価システムと、それを基にした研究費分配システムについて、まさにガチで国に問題提起をする活動をされています。(※以下、敬称略)


【湯浅】
 まず始めに、先生はどういうきっかけでこちらの藤田保健衛生大学の教授になられたのですか?

【宮川】 京大のテニュア・トラック企画が以前ありました。今流行の科学振興調整費のテニュア・トラックのプログラム。あれの一番の走りが京大 のプログラムで、先端領域融合医学研究機構という名称でした。そこで特任助教授として独立して、それが2003年でした。この機構は、当初はテニュア・トラックという看板をかかげていたのですが、4年でその機構そのものがなくなってしまったのです。

【湯浅】 そうなんですか。

【宮川】 全然テニュア・トラックということにならなかったわけです。ですので、まったく普通に教授のポジションに応募して、通常の方式でポジションを得ることができました。所属している機構がなくなってしまうということで、これは大変だ、ということであちこち応募して、ここ(藤田保健衛生大学)に採用していただいた、と。

【湯浅】 そういう形だったんですねえ。宮川先生は、もともとは東大教養ですよね?

【宮川】 文学部です。

【湯浅】 文学部の方が医学部に移られるきっかけになったのは何だったのですか?

【宮川】 ああ、それはですね、東大の文学部の心理学っていうのは文学部のなかにあるのですが、もともと歴史的に神経科学寄りの心理学の研究を行なっている学科だったんですね。で、僕はそういうのは知らずに心理学ということで進学したのですが、入ってみて、けっこうおもしろいことやっているなと。脳というのはまだ知られていない未知のフロンティアみたいなものかな、これは面白いぞと。ということで、こちらの領域のほうに入ってきたということになります。

【湯浅】 それでずっとその研究をやられていると。

【宮川】 最初はサルの前頭葉の電気生理学的な研究をやろうと思っていたのですが、大学院に入ったときにノックアウトマウスっていうのが出てきて、それを使うと、遺伝子と心理学的特性の関係が直接的に調べられるなと。これは画期的だなと思いまして。それ以来、20年ぐらいこの種の研究を行なっています。

【湯浅】 ちょっと前に先生のチームがやられた統合失調症マウスの研究が新聞なんかでも取り上げられて話題になっていましたよね。うち(カクタス)もツイッターなんかでお客様向けにニュースとして紹介させていただきました。

【宮川】 そうですね。その研究はかなりホットな領域のものだと思います。

【湯浅】 あれは遺伝的に操作して統合失調症ノックアウトマウスを作ると、それと同じメカニズムが人間にもある程度応用できるってことですか?

【宮川】 できると思います。心の病とか精神疾患と言いますと形がないので、物質の言葉で語ることはできないのではないか、というようにずっと思われていたわけです。しかし、われわれ、実際に生物学的な立場から研究を行なっている研究者から言いますと、マウスでモデル化はできますし、脳の中で物質的に起こっていることも人間と驚くべきほど近い。あまりに物質的に近いので、研究をすすめている自分たちでも驚くぐらいです。

【湯浅】 そんなふうに研究もかなりアクティヴにやられて成果を出されている中で、宮川先生のように自分の研究と直接は関係の無い「研究費と評価システム」の問題についてこれだけ公に語られている方はあまりいませんよね。雑誌「情報管理」にのっていますよね。 これって何かきっかけのようなものがあったのですか?

【宮川】 きっかけはですね、例の事業仕分けのときにかなり研究業界が大変なことになってしまった、ということがあります。研究費が減らされるとか、学振のポスドクの数が減らされるのではないかとか、いろんなことがあり激震が走りました。そこで、このような状態のままで研究業界の仕組みはいいのだろうか?という話になったわけです。神経科学者SNSというクローズドのSNSがあるのですが、 そのなかで議論が巻き起こったわけなんですね。僕はそのSNSの世話人みたいなことをやっていましたので、せっかく盛り上がった議論を提言としてまとめて発信したほうがいいのではないか、と思いました。そのようなアドバイスを高名な先生からいただいた、ということもあります。

【湯浅】 はい。

【宮川】 すごく大量の議論がなされました。全部あわせると30万字ぐらいになるほどの議論がありました。

【湯浅】 30万字ですか!じゃあほんとにあの民主党の事業仕分けがきっかけで?

【宮川】 そうですね。ただ、もともとそういうモチベーションというか、日本の研究の仕組みは良くない状態にある、変わらないとまずいのではと、そういうのは日本に帰ってきてからずっと思っていたんですよ。

【湯浅】 前々から思っていらっしゃった?

【宮川】 そうですね、思ってました。アメリカで研究をやっていたので、帰ってきてから「アメリカの方がよかったな」と。これではまずいな、という気持ちがあった。