「イノベーションのための科学」は科学の本来の価値だろうか?〜ノーベル賞受賞者 梶田隆章教授インタビュー

「イノベーションのための科学」は科学の本来の価値だろうか?〜ノーベル賞受賞者 梶田隆章教授インタビュー


ノーベル賞ウイークに先駆けて、サイエンストークスは2015年ノーベル物理学賞受賞者、東京大学宇宙線研究所所長、梶田隆章教授にインタビューしました。「学部時代は研究者になろうと思っていましたか?」「若い頃テニュアを取るまでご苦労はされましたか?」「ノーベル賞受賞者には東大出身者が少ない、なんて言われますけど真相は?」「今の科学技術政策に物申したいこと、ありますか?」などなど、様々な角度からの問いから、等身大のノーベル賞受賞者、梶田隆章教授に迫りました。必読コンテンツです。
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梶田隆章(かじた・たかあき)教授
Kajita-sensei_profile東京大学宇宙線研究所長、同大学教授。学部時代は埼玉大学理学部で物理学を専攻。東京大学大学院理学系研究科にて2002年ノーベル物理学賞受賞者、小柴昌俊氏の研究室に入り、宇宙船研究に従事し、博士号を取得。1988年、カミオカンデにおいて大気ニュートリノの観測から得たデータからニュートリノに質量がある可能性を示すニュートリノ振動を推測し、スーパーカミオカンデでの測定によりニュートリノ振動を発見。2015年にノーベル物理学賞を受賞。また同年に文化勲章を受章。
東京大学の梶田氏ノーベル賞受賞特設ページはこちら
宇宙線研究所のウェブサイトはこちら
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インタビューのハイライトは動画でもご覧ください。

若い頃は先をみて行動するタイプではなかった

湯浅 梶田先生は学部時代、埼玉大学に入学されて、大学院から東京大学に移られて研究者になられました。高校を卒業して埼玉大学に入学された時、「研究者になろう」という夢はありましたか?
梶田 埼玉大学に入学した時には、「研究者になろう」とは全然決めていませんでしたね。
湯浅 とりあえず大学に入ってから考えようと?
梶田 そうですね。むしろそんな感じです。まあ物理を主にやろう、というところまでは決めていましたけれども。その先はやってみないとわからないことはいっぱいありますから。
湯浅 東京大学の大学院に進もうと決められたきっかけは何だったんでしょうか?
梶田 埼玉大学の学部で物理を勉強し始めまして。まあ、あんまり真面目に勉強しなかったんですけども(笑)、それでもかなり面白いと感じる要素があって、本格的に物理をやってみたいなと思ったんですね。その時、院は東大に行こうと必ずしも考えていたわけじゃありません。素粒子や宇宙線の実験をやりたいと漠然と思っていて、たまたま東大でそういう研究をやっている先生がいらっしゃるということで、まあ受けてみようかと。はじめはそのくらいの感じでした。
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湯浅 なるほど。それで小柴研究室に入られたんですね。素粒子や宇宙線に興味を持たれたのはなぜなんでしょうか?
梶田 そのあたりはあまり明確に覚えていないんです。物理学は物性物理と素粒子・宇宙に大きく分かれると思うんですが、物性物理にはさほど興味がなくて、元々、どちらかといえば素粒子とか宇宙に興味がありました。大学院に入ってからですね。本気で物理が面白いなと、物理の実験が面白いなということを感じ始めたのは。
湯浅 先生が受けられた他のインタビューでPh.Dを取得された後、なかなか研究職としてのポジションは大学にはなかったと話されているのを拝見したんですが、博士課程にいる時に、この後どういうキャリアを積もうといった目標は決められていましたか?
梶田 いや、大学院時代にその後のキャリアをどうしようとは考えていなかったんですね。とりあえずは大学院在学中に博士論文書いて博士を取ろうと。そのあと、じゃあ次はどこか就職先を見つけなければな、できれば研究者としての就職先がないかな、みたいな、そのくらいのことしか考えていなかったんです。当時、若かったころの自分は、あんまり先を見て行動するようなタイプではありませんでしたね。
湯浅 そうなんですか。純粋に研究を進めていくうちに、次々とチャンスが巡ってきてという感じでしょうか。
梶田 そんな感じでした。

ことアカデミックな職については、柔軟性が求められる

湯浅 博士課程を出られたあと、安定した研究職を得られるまではどんな経緯だったんでしょうか?
梶田 当時、日本学術振興会のポスドクの制度はあったんですが、それは落ちてしまいました。そこでありがたいことに、小柴先生が東大理学部の素粒子物理国際センターで任期付きの助手として採ってくださって。その素粒子物理国際センターの仕事っていうのは、当時はヨーロッパのCERNでやるe+e-のコライダーの実験の準備だったんです。それを半分やりながら、カミオカンデを半分やっていいよ、という感じでした。その職は本当は1年の任期と言われたんですが、結局2年間やらせていただいて、そのあとで東大の宇宙線研究所の助手に移りました。そこからはあんまり職のことを心配しないで研究ができるようになりましたね。
湯浅 おそらくこの任期付きの助手のポジションをされていた時期が先生のターニングポイント であったのかな思うんですが。任期付きの助手のポジションからテニュアを取られるまでご苦労はありましたか?特に今の若手研究者の方々の事情を見ると、誰もが安定した研究職を得られる状況ではないわけじゃないですか。
梶田 そうですよね。全然簡単じゃないですね。昔の助手というのは今の助教にあたりますけれど、 助教になるのがすごく大変ですからね。
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湯浅 先生は助手時代にすごく実績を伸ばされ、その後ノーベル賞受賞に至ったわけですが、任期付きの助手の時代から今に至るまでを振り返って、自分にはこの強みがあったからチャンスをつかめたというものって何かあったんでしょうか?
梶田 それは、よくわからないですね。ありがたいことに、あのころ宇宙線研究所将来の重要プロジェクトをどこにしようかと議論していて、スーパーカミオカンデと決めていただいたんですね。それで私も含めて4人の研究者が宇宙線研究所に移って研究できるようになりました。ですから、私は本当に偶然、そういうありがたい状況に乗れたという感じがします。
湯浅 先生のお話を伺ってると、事前に絶対にこうしようと決めてその通りのキャリアを進むというよりは、そのときそのときで、自分の目の前に訪れたチャンスをつかんで進まれてきたという印象を受けました。
梶田 そうだと思います。やはりなかなか、ことアカデミックな職について言うと、「こうでなきゃいかん」と決めてその通りの道を進む人というのは本当に本当に、本当に僅かだと思います。ある程度柔軟にやらざるを得ないところがあると思うんですね。

自分が大切だと思ったことを、研究することが許されてる時代だった

湯浅 先生は宇宙線研究の世界で何十年もずっとキャリアを積まれて、こちらの宇宙線研究所の所長をされて、ノーベル賞受賞と、歴史に残る研究を何十年も続けらえてきたわけですが、それだけの長い期間研究をやり続けて科学的発見しようと思うモチベーションはどこから来ているのでしょうか?
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梶田 そうですね、あくまで私の場合ですが、ニュートリノ振動を偶然にも発見できたことが大きいですね。ニュートリノ振動の発見に関わる一番最初のデータに気付いたのが1986年で、まだ私が博士取って半年経ったばかりのころの話なんですね。そのときはまだそのデータが示すものがニュートリノ振動であるとわかってはいなかったのですが、それが相当重要な発見の可能性があるという認識がありました。何かこれまで考えられていない重要なことが起きているぞと。重要にちがいないから、この課題をしっかり追求しようと当時心に決めて、後はずっとその思いで続けてきたという、そんな感じです。
湯浅 なるほど。その当時の発見の種を温めて、本当に純粋にそのまま続けられてきたと。
梶田 そうですね。これをちゃんと続けていけばきっと重要な結果が得られると感じていました。
湯浅 一つのテーマを追いかけていても、例えば何年間も全然成果が出ない場合もあるじゃないですか。思うようにいかなくて、「もう研究なんて嫌だな」とか、そういう時期っていうのはありました?
梶田 おそらく今の時代、若い研究者、任期つきのポジションにいる人には、私がしてきたように一つの大きなテーマを長く温めるような研究のやり方はできなくなっていると思うんですね。やっぱり「毎年論文を書け」とか言われたり、「評価、評価、評価」で。とにかく何でもいいから論文をたくさん書かなきゃいけないみたいなそういう時代になってしまっていると思います。我々の時代は若い研究者がそんなことを要求されることはなかったんです。もちろんそれでも2年に1本ぐらいは論文を書いていますけれど。ですから、研究の進み方が遅いからといって焦るような時代ではなかったです。
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湯浅 論文を早くたくさん書いて結果を出さないと次がつながらないという時代ではなかった。
梶田 自分が大切だと思ったことを、研究することが許されてる時代だったということが大きいと思います。

ノーベル賞受賞の電話は、突然かかってくる

湯浅 ノーベル賞を受賞されましたが、 ご自身ではいつか自分はノーベル賞を受賞するかもと考えられていましたか?
梶田 その質問、よく聞かれるんです。受賞前の何年かはノーベル賞発表前の9月頃になるとマスコミの人がよく来ていましたが、まあでも、なんとなく他人事で対応していましたね。
湯浅 それはあまりご自身が興味がなかったからですか?
梶田 いや、たぶん僕が本当に受賞することはないんじゃないの、みたいな、そんな感じで思ってましたね。
湯浅 実際には受賞されたわけですけれど、聞いたところではちょうど受賞発表の10分前に委員会から受賞の連絡があったそうですね。その連絡を受けた時ってどういう感じでしたか?
梶田 それはびっくりしますよ。
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湯浅 突然連絡が来るものなんですか?
梶田 突然。
湯浅 知らない番号で突然携帯に電話がかかってくるんですか?
梶田 そうです。
湯浅 そうなんですね。それは驚きますよね。受賞されて、これから自分の生活は大きく変わってしまうのかな、とかそんなことを思われましたか?
梶田 いえいえ、受賞の瞬間はそんなにいろいろ考えている余裕は全然ないですよ。もう頭真っ白です、何もわかりませんでした。
湯浅 ノーベル賞は評価の基準を公にしていませんが、 先生は何が評価されてご自身が受賞されたと考えていらっしゃいますか?
梶田 それはわからないですね。もちろんニュートリノ振動につながる研究をずっとやってきたことはやってきたわけですが。その業績が選考する委員会の方に知られていたかどうかなど全然わからないものですので。ありがたいと思いますけども。

東大出身者がノーベル賞を取るとは限らない。日本は大学は広く全国の大学をサポートしていくべき

湯浅 少し前にマスコミで「ノーベル賞受賞者には東京大学出身者が少ない」と話題になっていました。先生も学部はもともと埼玉大学で、他の受賞者の方もみなさん東大の研究者じゃないと。日本は東大に多額の予算をつけて東大の研究者をすごい優遇してる一方で、世界的に有名な賞は純粋な東大出身・東大研究者ではない人が取っているじゃないか、なんて揶揄されていますけれど、先生はご自身としてこの点どう思われますか?
梶田 まあそうですね。この話題には2つの側面がありますよね。「研究をやる場所」としての東大と、「将来研究者になる人が育つ場所」としての東大。「研究をやる場所」としての東大、という点に関しては、もちろん僕の研究は東大でやったもので、東大だからこそできた研究だと思います。その一方で、「将来研究者になる人が育つ場所」としての大学を考えると、僕はおそらく、高校を出たぐらいの学力の段階で、将来研究者として育つ人を日本の大学はきちんと選考できていないということだと思います。だからこそ、東大に限らずいろんな大学出身の人が大きい成果を出すことがあるんだと思いますよ。そういう意味で、僕は今の日本は国立大学をきちんと、広くサポートしていくべきなんだろうと思っています。
湯浅 なるほど、それはすごく納得がいきます。
梶田 一方で、研究では大学院以上のレベルになると、ある程度特化した大学に研究の中心ができてくるのは当然だと思います。まあそれも東大にばかり集まるというわけではなくてね。いろんな大学に、「この研究だったらここ!」という、そういうような拠点ができてくるのは自然だと思います。
湯浅 それは自然なことですよね。ただ、最近国立大学の予算が削られていて、やりたいことができないという大学さんもたくさんあると思いますが。
梶田 そうだと思いますよ。東大ですら、やりたいことは全てできませんから。なんとか生き残ってるだけですからね。ひどい話ですよね。

研究評価への宇宙線研究所のスタンス

湯浅 生き残りという意味で、研究評価について伺いたいんですが。先ほどもお話されていたように、昔は論文をたくさん書かなくても、研究者はある程度好きなことやらせてもらえたけれど、今ではもう本当に短期間で結果を出さなくちゃいけない。短いスパンの研究しかできないので、大きな成果が出しづらい時代になっていると思います。それはやはり先生のような方でも感じられるところですか?
梶田 周り見ると確かにそういう評価指標ばっかりが多いので、それはそうだと思います。日本全体がそういう状況なんだと思います。ただ宇宙線研究所について言えば、そんなのにばっかり流されてたらですね、駄目になっちゃいますので。対外的には評価書を出させたりは当然しますけれども、そんなのは別に気にしないという、そういうスタンスでやります。
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湯浅 なるほど。宇宙線研究所にいる研究員の方の成果は、研究に見合った独自の 評価をされていらっしゃるということですよね。
梶田 そうです。そういう独自の方針を採用している研究所が日本にどのくらいあるかはわかりませんけれども、宇宙線研究所はそのスタンスを、少なくとも当面は、貫ける限りは貫きたいと思います。
湯浅 なるほど。しかし宇宙線研究所の研究員の方々も、科研費を獲得しなければいけないじゃないですか。最近は科研費を獲得する際に、過去数年間に何本論文を書いたかといった部分が見られるかと思うんですが。研究所内では目先の成果で評価しなかったとしても、実際には科研費を取るために対外的な短期評価は無視できないものではありませんか?
梶田 まあそうでしょうね。でも僕は科研費審査の際に審査員が論文数に重きを置いているかというと、僕はそんなことはないと思います。やっぱり審査員も科学者なので、論文の数ではなく、その研究者がどういうことをこれまで実際にやってきて、何をこれからやろうとしてるのかを見ていると思うんですよ。そういう、サイエンスのプロセスを申請者がしっかりやれてるかどうか、今後ちゃんとやれそうかで見ていると思います。
湯浅 なるほど。でも、それならば逆になぜ研究者の方々の最近の傾向として、評価されるのは論文だから論文を書きまくれ、っていう話になっちゃってるんですかね?
梶田 わからないですね。宇宙線研究所ではたぶんそうはないってませんので。これは推測ですが、ポジションの問題でいうと、今大学で教員の公募をすると1人の枠に100人の応募があるんです。もちろん100人全員面接するわけにもいかないので当然、書類選考をするんだけど、書類選考だって100人分見るわけにもいかないから、まずはじゃあ外形的なところで選抜すると論文の数になっちゃうとか、たぶんそういうこともあるんじゃないでしょうかね?あるところまでふるい落としてからじっくり中身を見るとか。これは私の勝手な想像ですけども。

若手研究者には現場を経験する中で成長してほしい

湯浅 若手の育成について伺いたいんですが、先生は以前小柴先生と一緒に研究をされていらっしゃって、今は宇宙線研究所の所長をお勤めなられていますが、ご自身では若手研究者の育成はどうあるべきだと思いますか? 実際に小柴先生から受けた教育も含めて、先生ご自身の教育者としてのスタンスを是非お伺いできればと思うんですが。
梶田 そうですね。小柴先生の若手教育は、まああんまり細かい技術的なことはどうでもよいと。それよりも科学者としてやっていくポイントだけを伝えるという、そんな感じだったと思います。例えば1番印象に残っているのは、「自分が将来、独立した研究者としてやっていこうと思うのであれば、自分自身の研究の卵をいくつか持っていなさい」とよくおっしゃっていましたね。それが実現できるような環境、あるいは時期がいつ来るんだろうか、ちょうど今来たんだろうか、と常に考えるような、そういう研究者にならんと駄目だと。
湯浅 人に言われたテーマを研究するのではなく、自分自身の研究の卵を温めて自分で何かをやりなさいと。
梶田 そうそう。それが根本だという、そういう教育でした。
湯浅 研究室の中でも、研究者として頭角を表す人とそうでない人がいるわけですよね。小柴先生はどの若手をどんな点で評価しているといった印象はありませんでしたか?
梶田 まあ、多分そーっと見てるんだと思いますけど、あんまりそれを態度に表さないって感じのスタンスでやられていると思います。
湯浅 梶田先生ご自身は若手の育成はどのようなスタンスでやられていますか?
梶田 僕が小柴研で学んだことは、研究現場での、実際の仕事、実際の研究が大切だと。つまり例えば大学院生であっても、他の研究者と一緒に装置を作ったり、ほぼ対等のような立場で議論に参加して、一緒に組み上げていく。それを現場で経験していくことが若手の育成にとってとても重要だと感じました。宇宙線研究所というのは、日本国内の大きい大学の宇宙線分野の研究室でもできないレベルのものを準備して、全国の大学の研究者のみなさんと一緒に使っていくという立場にあります。大学のレベルを超えた装置を作り、運用していくという、そういう研究ができる研究所です。若手の人たちにはその生の現場に入って、いろいろ経験して成長してもらいたいと、そんな感じで考えています。
湯浅 今の時代、とくに物理学で成功していくためには若手研究者の人にはどのような素質が必要だと思いますか?
梶田:その質問にはいろんな可能性があって、答えるのが難しいですね。例えば基本的には今自分たちが研究している分野ではどういうことが本質的な問題で、そのためにどういうアプローチがあってといったことを知っている必要があると思いますし。素質…、何でしょうね、いろいろな答え方があってわかりませんね。
湯浅 今ご自身が仮に20代後半から30代ぐらいの若手の物理学者だったら、今と同じ研究をされていたと思いますか?
梶田 今20代だったとしても、やっぱりね、今、宇宙線の分野は非常に面白いんで、たぶん同じようなことをやってる感じがしますね。

「イノベーションのための科学」という風潮ができてしまうのは怖い

湯浅 今日本の科学技術政策の方針について何か感じるところはありますか?
梶田 これはあくまで僕の感覚ですけれども、政府主導の科学技術政策では、ともかく「イノベーション」ばっかりですよね。その言葉にすべてが集約されてしまっています。近年はすべてが「イノベーション」だと。「イノベーションのための科学」という、そんな風潮ができちゃうのは怖いと思っています。この風潮が長期的に見て本当に基礎科学にどれだけ影響があるのかはわかりませんが、例えば近頃ニュートリノの研究の話を高校生や中学生にしていて驚くのは、「それが何の役に立つんですか?」ということを必ず聞く学生がいるんですね。
湯浅 そうですね。わかります。
梶田 中高生にニュートリノの話をして最初に出る質問は必ずそれ、みたいな感じですからね。やっぱり彼らには純粋に学問に好奇心と興味を持ってもらいたいのに、若い彼らが「これは役に立つか?」という視点でまず学問の価値を考えるという風潮が生まれちゃっている現状を、非常に危惧しています。本来は僕らの話を通して、純粋に自然の不思議、宇宙の不思議があり、それを解き明かす活動としての研究があるんだと知ってもらいたいんですが。
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湯浅 まさにおっしゃる通りだと思います。私たちは「日本の研究をもっと元気に面白く!」をモットーに「サイエンストークス」というフォーラムを設けて、研究コミュニティと市民、科学政策のプロがディスカッションできる場を設けていますが、そこでもよく「イノベーションが大切」、「これからの研究は世の中の役に立たなければならない。でなければ納税者への説明がつかないんだ」という話はよく出るんですね。一方で、先生のように知の追求をした結果、宇宙の謎を解き明かす重要な研究をした方が世界から大きく評価され、それが日本という国の評価にもつながっている事実がある。先生はノーベル賞受賞者として、研究の本来の価値や基礎科学の重要性を訴えかけることができる立場にいらっしゃると思いますが、そういった発言は結構されていますか?
梶田 はい、機会があれば遠慮なく言ってます。
湯浅 ノーベル賞を受賞された研究者として、政府から科学技術政策のあり方について意見を求められる機会って結構ありますか?
梶田 ありますね。そういう場では正直な意見を喋ってるんですが、まあそれがどれだけ政策的に受け入れられるかどうかはわかりません。
湯浅 国が「社会に役立つイノベーション」、応用研究を重要視する方向に向かった場合、宇宙線、ニュートリノといった物理、宇宙関係の研究の発展は難しくなってくるものでしょうか?
梶田 難しいですよね。少なくとも今後サポートが強くなるということは、難しいでしょうね。
湯浅 どんなに国が進もうとしている方向が応用研究寄りになったとしても、基礎科学研究の本質的な価値と重要性は普遍的だと思います。ただ優秀な若手研究者や学生がこれからの時代にポストのある応用分野に流れる可能性は非常に高くなっていくわけですよね。物理学に関心のある学生さんには何をモチベーションにこの分野で頑張って欲しいとアピールしますか?
梶田 それはもう、我々が世の中に向かって基礎科学の重要性を伝え続けるから、若い人は安心して来てくれと。それだけです。
湯浅 国の応用偏重、というお話が出ましたが、ほかに国の科学技術政策について訴えかけたいご意見はありますか?
梶田 ほかにも1つあります。これはあまり知られていないんですけれど、日本は32のOECD加盟国の中で、高等教育にかける公的予算の対GDP比が最下位です。世界的にGDPに占める公的予算が極めて低いんです。もう少しその現実を日本のみなさんがちゃんと知ったほうがいいと思いますね。これが、今の日本の姿です。この現実を理解して、これが本当に日本国民のみなさんが思い描いている日本なのかということを考えてもらいたいと思います。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG24H8G_U5A121C1000000/
湯浅 本当ですね。日本の教育への投資はOECD加盟国以下。これについて大きな議論になっていないこと自体が問題ですね。
梶田 ちゃんと考えるべきだと思います。
湯浅 大変お忙しい中本日はありがとうございました。
(インタビュアー:湯浅誠)

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