「独立系研究者」ってなんだ?!(1)

Science Talks LIVE、第1回のトークゲストは独立系研究者の小松正氏。大学の研究者でもなく、理系企業の研究開発ポストでもない、研究機関と直接個人契約を結んで研究に参画する「独立系」という第3の働き方とは? 独立の経緯から実際の研究の進め方、成果まで詳しくお話を伺いました。

研究相談からアドバイザー契約へ、「独立系」へ至る道

小松 独立系研究者の小松正です。本日はよろしくお願いいたします。

早速、独立系研究者とは何かという話から始めます。私自身が個人事業主として、大学や企業、NPOをクライアントとして請負や業務委託の契約を結んで研究をする、これが基本的な形です。研究プロジェクトには様々な業務があって、例えば実験の計画を立てます、分析をします、論文を書きます、場合によっては代表をやりますと言って報酬をいただいています。日本でも最近何人か出てきましたが、海外では独立した資金で研究をやっているという方は結構いらっしゃって、インデペンデントサイエンティスト(Independent Scientist)、インデペンデントリサーチャー(Independent Researcher)で検索するとかなりの数ヒットします。例えば有名どころでは数式処理システムMathematicaを開発したスティーブン・ウルフラムDr. Stephen Wolfram)、彼はMathematicaで得た収入を用いて独立して、自分で研究をしていらっしゃると聞いています。

私のプロフィールですが、専門は生物学の中でも生態とか進化という分野です。それらの研究をやる上で必要となる実験計画法、データマイニングもやっています。博士号の種類で言えば農学なんですが、農学そのものよりも、生態学と進化生物学が専門です。経歴も簡単にご説明しておきますと、札幌で生まれて北大に入り、学部・大学院では農学の研究室で生態学、進化生物学を専攻して博士号を取りました。その後は日本学術振興会特別研究員という、いわゆる学振の研究員をやりまして、ここまでは結構普通の経歴なんですね。2001年に言語交流研究所という、当時はNPOだった団体に入って東京に行きました。これについての経緯は後でお話しします。3年経って独立して「小松研究事務所」を開設、現在はこの事務所の代表をしながら、多摩大学で客員の准教授、家政大学で非常勤の講師をしています。

研究者になった経緯ですが、子ども時代に生き物に非常に興味があって、飼育・採集・観察などをしていました。札幌は市街地からも山が近くて、自分の興味に非常に適した環境でした。中学高校時代は化学部に、正式な名称はちょっと別なんですが、生物部や化学部に近いところに入っていて、この辺りで先輩や周囲の人達から、大学の情報が入ってくるようになりました。じゃあ将来は生物学の専門家になりたいなと、この時期にかなり自覚的になったんです。そこから大学・大学院と進んで、そのまま研究室に入るんですが、大学の内情も目の当たりにして、大学の抱える色々な問題にも気づくようになって、大学の外側で何か、学術研究が可能なポジションや立場はあり得ないんだろうかと思うようになりました。

その後は先ほど言ったように学振の研究員として、同じ北大の中でも別の研究室に移って3年間勤め上げました。それから東京のNPOに行ったんですが、ここはどういうところだったかと言うと、言語の習得、特に外国語の習得をちょっとユニークなスタイルで普及していく実践中心の団体で、学術的な研究を本格的にやるようなところではありませんでした。ところがその団体が、言語習得のプロセスについて、本を出すことになったんです。自分たちがこれまで取り組んできた音声解析に関する数学的な手法を本にしたいということで、私の専門ともかぶっていたので相談を受けたんですが、実践活動だけではなくて学術研究も始めたらどうだということを私の方から提言したんです。その当時、団体の中にプロの研究者がいなかったので、じゃあ私を入れなさいと言って、そこに移ることになりました。

言語と言っても広い意味ではコミュニケーションで、コミュニケーションは生物学の中でも行動学という観点から研究されています。私自身この研究所では、行動学の観点で研究をしながら、本格的に学術研究可能な組織に作り替えようとしていました。それまで学術研究をやっていなかった組織を、学術研究できる組織にしたわけですから、世の中に学術研究可能な組織が1か所増えたと、そういうことになります。

そんな状況だったんですが、札幌から東京に来て何年かするうちに、東京の方が札幌よりも友達が多くなってきました。30代前半の頃です。そうなるとその友達や友達を通じたネットワークで、会社を経営していますとか、企業の中でも技術部にいてプロジェクトに一定のお金を掛けていますとか、そういう立場の人と知り合って、その人たちから個人的に相談を受けるようになってきたんです。私が生物学のこういう分野に詳しいらしい、データマイニングに関わっているらしいと知った人たちが、実は今うちのプロジェクトでこういうことをやってるんだけど、生き物が関係してきて良く分からない、小松さんそれ詳しいんじゃないのとか、あるいはデータの分析が分からないんだけど詳しいよねとか、そういう相談を持ってくるようになってきた。最初は知り合いの延長で、ご飯でもごちそうになりながら喋ってたんですが、そのうちちょっと正式に契約してくれないかと言われるようになったんです。それが始まりで、例えばアドバイザー契約という形を取りながら、土日と夜に副業として引き受けるようになりました。そのうちに頼まれる数も増えてきて、内容も発展的になってきたので、「オファーを受けて、契約して、収入にする」スタイルを表の看板に掲げてもやっていけるんじゃないかと考えて、独立して「小松研究所」を名乗ったとそういう次第です。言語交流研究所は一旦退職した後に、技術アドバイザーという形で契約し直して、研究プロジェクト自体は継続する形を取りました。

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