【吉澤剛氏にインタビュー】市民や企業をまきこんで、科学をもっとおもしろくさせよう!(1)シンクタンクから学問の世界へ舞い戻って…

大阪大学大学院准教授の吉澤剛さんにインタビュー!

「政策のための科学」に関わり、政策デザインワークショップを主催する吉澤さん。テクノロジーアセスメント、知識政策がご専門で、大阪大学の「医の倫理と公共政策学」にて准教授をつとめられる傍ら、2007年よりNPO市民科学研究室の理事もされています。科学にもっと市民や企業が参加し、もっと面白くするための様々なアイディアや実践を語っていただきました。

BeFunky_IMG_2349.jpg吉澤剛GO YOSHIZAWA
大阪大学大学院医学研究科 准教授

<プロフィール>
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業後、東京大学大学院(科学史)修了。民間シンクタンクに2年半勤務した後、2002年よりイギリスサセックス大学にて科学技術政策を研究。2008年にPhDを取得し、東京大学公共政策大学院・科学技術と公共政策研究ユニット(SciTePP)に加わる。2011年より現職。専門はテクノロジーアセスメント、知識政策など。
 

第1回 シンクタンクから学問の世界へ舞い戻って…

湯浅 吉澤さんは、前回のサイエンストークス・シンポジウムのディスカッションでグループリーダーを務めていただきましたが、なぜあのイベントに参加してみようと思ったんですか?

吉澤 いろんな人が参加するイベントはキライじゃないんですよね(笑)。議論するのは好きなので、研究者がどんなことを考えているのかとか、他の分野の話も知りたいですし、登壇者メンバーが結構おもしろそうだったので。ご登壇された財務省の神田さんは、いろんな意見に対してバシバシ切ってくださるし。聞いていて、おっしゃってることはもっともだなと思いましたね。

湯浅 どちらかというと研究者や大学経営者より、政策側の意見の方に共感しました?

吉澤 一応、真ん中くらいには立とうとはしてるんです。個人的には。

湯浅 グループリーダーとして議論に参加していただいて、どんな感じでした?

吉澤  おもしろかったですよ、純粋に。僕のグループのメンバーは他のグループとは色が違ったような感じですし。また、ああいった面白い方々と知り合えたらいいなあというのはあります。

湯浅 もともと、ご自身は、物理系を専攻されていらっしゃっいましたよね? 今は、いわゆる政策系の研究をされていると思いますが、ほかにもそういう風に、もともとは自分は研究だったのだけど、途中から科学政策系に移られたという方が結構いらっしゃいますが、科学者から政策のための科学者に移られる方々にとても興味があります。吉澤さんの場合は、なぜ今の専門に辿りつかれたんですか?

吉澤 大学で物理やってて、そのまま院に進もうと思ったんですね。宇宙論とか、素粒子論とかと、いわゆる基礎物理学的なところに関心あったんで、いわゆる旧帝大の研究室訪問などをやってたんですが…。「このまま研究者になるのかな」と思うと、明るい未来が描けなかったんですよね。自分が飽きっぽいというのもあったし、ずっと研究室の中にこもってて楽しそうじゃないな、というのもありましたし。そうしたら、東大の院試の過去問を見ているときにたまたま科学哲学と科学史があるのを発見しまして。問題はたった1行ぐらいなんですよ。何々について述べよと。それをみてこれだったら、こっちの方が面白いんじゃないかとひらめきまして。それぐらいの動機でしたね

湯浅 面白いですね。過去問がきっかけなんですか。

吉澤 結局、それは正解だったと思います。科学と社会を結ぶような学問があるんだな、とそのとき初めて知りました。ところが科学史か哲学でやってみたんですけど、それもやっぱりなんかアカデミックすぎて面白くないなと思いまして、普通に就職しようと。

湯浅 紆余曲折されてますね。

吉澤 はい。シンクタンクに就職しまして。そこはおもしろかったですね。政策に近い仕事もやったので、行政に向けてのレポートみたいなのを書きました。でも、自分の力不足を感じたといいますか。当時はインターネットが出来始めたぐらいの時代なので、自分の考えを発してるというよりも、情報を拾ってきてくっつけて出すという感じの仕事だったので、自分の中に基礎は欲しいなと思うようになり、留学することにしました。科学技術政策の研究も日本でやられてなかったわけではないんだけれども、どうせやるんだったら世界的に有名なところに行こうと思って行ってきました。帰って来て、さて職を探そうかなーと思っていたら、東大に声かけてもらってですね。それでぽんぽんと今の職に。

湯浅 アカデミアから一旦出て、就職された後、海外に出られて、また日本のアカデミアに戻られたと。珍しいご経歴ですよね。

吉澤 今また、アカデミックに戻ってますが、今後どうしようかなと、不惑にして惑うというそういう時期なんです。自分の人生の中でまさか医学部に行くと思っていなかったんですね。ちょうど、何か新しいことをしようかなと思っていまして。

(聞き手 湯浅誠)

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サイエンストークスが活動をはじめてから、「政策のための科学」に関わり、よりよい学術のあるべき姿を情熱を持って模索する研究者や実践家の皆さんに多く出会ってきましたが、吉澤さんもその一人。物理学からアカデミアを一旦出て、その後民間のシンクタンクに就職した吉澤さんですが、また研究の世界に戻られ、しかもまだご自分の立ち位置を決めきってないというユニークな経歴の持ち主だからこそ、少し離れた視点から日本の科学技術のあり方を見つめていられるのかもしれません。

続く第2回の記事では、現在吉澤さんが参加されている市民科学研究室についての活動や、本来の研究プロポーザルの書き方について語っていただきます。(※この対談は5回に分けてお送りします)

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