『嘘と絶望の生命科学』の榎木英介さんインタビュー!(上)研究者を取り巻く環境を変えていくには意識改革が必要

研究者を取り巻く環境を変えていくには意識改革が必要

『嘘と絶望の生命科学』(文藝春秋)をご出版された榎木英介さんにお話をお伺いいたしました。この本ではiPS細胞の問題や研究費獲得の競争の激化から、若手研究者の奴隷化や研究不正まで、生命科学者が直面している問題と、それを取り巻く研究業界の実態を浮き彫りにしています。このインタビューでは『嘘と絶望の生命科学』を執筆されたきっかけやその背景にある想い、研究者が抱える様々な問題と考察などについてお話いただきました。

湯浅 早速ですが、かなりセンセーショナルなタイトルですが、今回『嘘と絶望の生命科学』をご執筆されようと思ったきっかけをまずお伺いできればと思います。

榎木 今年3月に文藝春秋社さんからお声掛けいただきました。STAP細胞の話題がかなり報道される中、私のコメントが新聞に出るようになりまして、先方が面白いと思って頂いたようで、文芸春秋さんとお会いして、書きましょうという話になりました。

このタイトルなのですが、最初は『虚構のバイオ』というタイトルだったのですが、バイオという言葉がどうも一般的ではないみたいで…。そこで新しいタイトルを私のほうで20ほど考えた結果、文春さんが選んだのが『嘘と絶望の生命科学』でした。さすがに自分が考えたタイトルとしてもなかなか過激な方だったので、ちょっとこれを選んだのはびっくりしたのですが。ただ誇張はなくて、嘘というのは研究不正問題で、絶望というのは若手研究者のおかれた立場のことを指しています。いいタイトルかなと思ったのですが、ネットの反応は過激すぎるという反応が多かったですね。

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湯浅 なるほど、そういったいきさつがあったんですね。この本で一番伝えたかったことというのは何でしょうか?

榎木 生命科学のおかれた環境というのが、とても問題が多いということを伝えたかったですね。ポスドク問題を初めとして、今回の研究不正問題も含めて、色々な問題が起こっていますよね。ただ問題を上げるだけではだめなので、STAP細胞の問題をいいきっかけにして、生命科学が変わっていってほしいっていう思いを込めて、この本を書かせていただきました。

湯浅 この中で、いろいろな事に関して具体的に話をされていて、一番最初に話されている大きなテーマは若手研究者がいかに大変で、奴隷というようなことを書いておられましたね。実際にどのような感じなのでしょうか?

榎木 やはり、若手研究者のポスドクも含めて数がかなりいるということ。それから、研究費獲得も含めた競争というものが、非常に生命科学の現場に圧力と言いますか、プレッシャーをかけているんですよね。その中で、教授やボスなどが実績を出そうとするときに、部下となる若手に圧迫して、何とか業績を出させようということで、圧力をかけます。中でも生命科学はほかの科学とは違って、ピペットと言いますか、細かい作業が連続で続くわけですよね。なかなか機械化することはできなくて、誰かがやらなければいけない。やればやるだけ成果が出る。ひらめきやインスピレーションは最初の場面では必要ですけど、いったん研究の方向性を決めてしまえば、手を動かすだけです。実験系はだいたいそうなります。

湯浅 なるほど。

榎木 若手研究者たちが、とにかく朝から翌朝までという感じで、研究をせざるを得ない。強制させられる場合もあるし、自分でやらないと生き残れないっていう意味でやってる場合もあるので、必ずしも強制とは言いませんが。その生活を見ていると、まるで奴隷のような感じですね。ボスからは、成果を出すことをとても求められています。非常に精神的にも肉体的にも疲労しているというのが現状ですね。

湯浅 中には大変残念なのですが、自殺される方も、過去には何人かいらっしゃったというショッキングなお話も書かれていらっしゃいます。悲痛な叫びを声高に叫んだら、全く自分のポジションがなくなるという。どうしたらいいかわからない状況というのがあるのかなと思うのですが。上司が若手の研究者にプレッシャーをかけるという根底にはそもそも競争資金を獲得するために、教授自身が相当パフォーマンスを上げなきゃいけないというプレッシャーがあるのが原因の1つにあるのかと思います。

榎木 おっしゃるように、1つには、教授自身もプレッシャーを受けているわけですよね。理化学研究所に代表されるように、リーダーのような方も5年や10年でクビを切られるという段階ではとても圧力がかかっています。だから、若手研究者を悠長に育てている時間がないという、外的要因もあります。もう1つは、ボスになった、研究リーダーになった人たちが、そもそもハードワークが好きな人であるということそうでないと生き残ってこられなかったので、そのようなカルチャーの中で生きてきた人がボスになったら、その下の人にも自分がやってきたことをに強制をかけるという部分はありますね。

湯浅 逆に今苦しんでる若い方と言うのはどういう方々なのでしょうか? 競争にさらされてきたのか、アグレッシブなのか。

榎木 大学院に入ってくる人たちは、素朴に科学が好きで研究がやりたいという人が多いとは思いますが、若手研究者の厳しい状況がだいぶ知られるようにきてしまっていて、いろいろな方に話を聞くと、優秀で博士課程に進んでほしいと思うような人ほど、さっさとどっかに行ってしまうという傾向にあります。研究者の質の低下みたいなものが起きてるということが言われていますね。かつてほど、アグレッシブな人がこなくなりました。それゆえアグレッシブな中で育ってきたボスたちは、イライラしているという実情があります。

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湯浅 これから先を考えた場合、時代背景として、どういう風に変わるべきなのでしょうか?現状、厳しい環境で生きてきたボスと、そうではない人たちがいて、上から押されていて、そこで若手研究者の悲痛の叫びがきこえてくる。ただ外にも声を出せないと。でも、そのままであると日本の生命科学のみならず、学術全体が下がっていってしまうのかなと思います。そのあたりはどういう風にしたらうまく変えられるのでしょうか?

榎木 まず、余りにも競争的になりすぎたというこの現状を、もうちょっと緩めないとやばいのではないかと思います。確かに競争は必要だと思います。余りにも競争がないと、かつての大学のように、何もしない教授がいっぱいでてくるので。ある程度過度ではない競争は必要なのですが、さすがに1人のポストにアプライが100以上あるというこの厳しい環境は、ちょっと異常でですよね。やはり、もう少し、落ち着いて研究できるポストと言うのは増やさないといけないだろうと思います。

湯浅 確かにそうですよね。

榎木 増やすといっても今いる人たちを全員常勤にはできないと思うので、研究者を目指して、ポスドクや博士に行った人たちが社会でどう役に立ってもらうかということを考える必要があります。研究業界で閉じていては問題解決はしないと思います。大学教員や研究者になる以上に、大学院生やポスドクというのはいるわけですから、そこは発想の転換をして、社会のいろんな場面に知識や経験を持った人を送り出すということをもう少し明確にミッションとして定義していかないと、大学は生き残れないのではないかと思います。人材の無駄遣いは続いてしまうのではないかと思いますね。そこは変わるべきですね。

湯浅 そうですよね。企業で生きたくても、企業で働くスキルをそもそも身につけてないから、結局ポスドクや講師で、任期付きなどでつないでいる状況ですよね。一般企業で働いたり、キャリアを積むためにはどういう風に変えていけばいいのでしょうか?

榎木 まず、マインドを変えるというのはありますよね。先ほど言いましたように、研究ばかりをやってきて生き残ってきた教授たちというのは、研究以外のことは考えないし、研究以外の場所に行くということは、いわば勝負に敗れたみたいに思ってしまっているわけですから、そこをもっと変えていく必要がありますね。研究ができなくたって、別のところで活躍できる人はいるかもしれないですよね。そういう適材適所みたいなことが重要であると言うことをボスも当事者である博士課程やポスドクの人たちも意識していないといけない。

湯浅 そうですね。

榎木 社会の側にも考慮して欲しいことがあります。、まともに科学の教育を受けてたとしたら、例えば課題を設定し、それを解く方法を考えて、課題を解く。それを論文にして発表し、学会で発表していくという経験を研究者はしている。つまり、課題設定立案能力や、コミュニケーション能力などはまともについてると思います。確かに、いきなり民間企業に行って、すぐ活躍できるとわけではないと思いますが、インターフェースの部分を企業側も大学側もきちんと考えて、この人をこうすれば、より活かせるのにという部分を、うまく教授して、トレーニングしていけば、もっと活躍の場が広がっていくのではないかと思います。そこに分断があるというのが課題だなと思っていますので、そこを何とかしていくべきではないかなと思います。

湯浅 たしかに先生方の意識改革が起きて、もうちょっと人材を輩出するという試みが欲しいです。初心に帰った形のやり方をもう少しやるべきかと言うように思われるんですけど。勝ち抜いてきた先生方が、どうしたら「俺らもやろう!」と思っていただけるのかなというのが、非常に大きい課題なのかなと言う気がします。何か変わった事例などはありますか?

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榎木 文科省のポスドクインターシップ、キャリア事業などのの審査員を担当したことがありますが、そこで大きな課題なのは、教授陣の意識なんですよね。それを変えるのはものすごく大変だって、各大学や研究機関が言ってます。特に旧帝国大学になればなるほど、王様みたいな人たちがごわーっといるので、なかなか変わらない。だけども一方で変わっていく大学もあって、何をしてるかと言うと、学長クラスの人が、研究室を訪問して、教授たちに説明するそうです。ようやくかわりはじめたところです。ですから、地を這うような努力を重ねていくしかないのかなと。でもそうすれば変わるっていうのはある程度見えてきているので、そこは学長のような方々の、トップの熱意みたいなのが結構重要ですよね。

湯浅 おそらくトップの方の大学は、まだそこまではならない。やられてるのは、結構小さい大学なのではないでしょうか?

榎木 まさにその通りですね。中規模の大学だと、生き残りがかかってくるので、学長さんは熱心なのですが、旧帝大はあぐらをかいてるので、苦しい部分があります。

湯浅 大変ですね。サイエンストークスの活動を通して思うのが、現役の東大の先生って、あまり参加されていらっしゃらない気がします。自分たちが一番潤っているところではあるので、ことさら変えたくないという部分がある気もするのですが。大学の意識改革は非常に大切とこの活動をおこなっていて感じるところではありますが、大変なところですよね。

榎木 やはり旧帝大はすごいですよね。殿様というか、俺様一番みたいな人が多いので。それを変えるのはとても時間がかかるとは思いますすが、あきらめずにやっていくしかないかなと思っています!

榎木英介さんプロフィール

BeFunky_IMG_3326.jpg1971年横浜生まれ。1995年東京大学理学部生物学科動物学専攻卒。同大学院進学。博士課程中退後、神戸大学医学部医学科に学士編入学。医師免許取得。2006年博士(医学)。2009年神戸大学医学部附属病院特定助教。兵庫県赤穂市民病院にて一人病理医として勤務の後、2011年8月からは近畿大学医学部病理学教室医学部講師。病理専門医、細胞診専門医。2003年、NPO法人サイエンス・コミュニケーションを設立し、代表理事に就任。病理診断医としての仕事の傍ら、自身が研究者としてのキャリアに迷い方向転換したこともあり、若手研究者のキャリア問題を考える活動を行っている。2010年には任意団体サイエンス・サポート・アソシエーションを新たに立ち上げ、科学・技術政策の在り方を考える活動を開始している。2011年、著書「博士漂流時代(ディスカヴァー・トゥエンティワン)」にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。(Research Mapより抜粋)

『嘘と絶望の生命科学』の榎木英介さんインタビュー!(下)「好きだから研究をする」という原点へ

2014.09.30