オープンアクセス夜話(第6話)「高インパクトファクター誌至上主義」からの脱却。勝負の土俵を変えるには?

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第6話は研究を発表する時に見られる「高インパクトファクター誌至上主義」とオープンアクセスの役割について。多くの研究者にとって生命線となるのが、自分の研究をインパクトファクターの高いジャーナルに掲載できるかどうか。しかし高IFの著名ジャーナルのほぼ100%は欧米の出版社が牛耳っているという現状があり、当然欧米と比べて日本やアジア各国の研究者は不利な立場に置かれてしまいます。研究を前面にさらけ出し、時間を浪費するリスクを背負いながら、高IFジャーナルの生き残りゲームに参加する必要はあるのか?今日本の研究者に求められるのは勝負の土台を変えることだという。

第6話のはじまり~。
※聞き手:湯浅誠

<これまでのお話>

 

第6話 「高インパクトファクター誌至上主義」からの脱却。
勝負の土俵を変えるには?

湯浅 宮川先生はジャーナル投稿の「不平等な格差」がオープンアクセスで解消できるとおっしゃっていますが、「格差」ってどこの格差のことでしょうか?

宮川 これは欧米と日本の格差のことです。今世界には「高インパクトファクター誌至上主義」が蔓延していると言ってもいいと思うんです。インパクトファクターの高いジャーナルに論文を出すことが、研究費獲得にも人事にも、すべてにおいて有利になるという状況がある。日本に限らず欧米、アジアの中国でも韓国でもシンガポールでも世界中がそうです。

湯浅 今は本当にそうですね。

宮川 はい。ところで、高インパクトファクター誌のエディターやレビュアーは基本的に欧米人です。そもそも日本とかアジアには、高インパクトファクター誌って存在しない。つまりすべてが欧米のジャーナルなので、欧米のエディターやレビュアーが論文の運命を握っているわけです。そうするとね、実際のところ欧米以外の研究者の論文は通りにくいんですよ。時には競合する研究者が査読者の中にいてなかなか論文を通さないとか、小出しにリバイス要求を出して出版まで引き伸ばしたり、挙句の果てにリジェクトしたり、理不尽なことをされたりするんです。その間に、その論文のネタをちょっと借用してしまうとか、あるいは自分達で進めていた研究を先にぽっと出してしまう。

湯浅 ええっ、そんなことホントにあるんですか?

宮川 こういう話、裏ではよく聞くんですよ。査読つきジャーナルへの論文投稿の過程で研究の情報が競合に流れちゃう。だから査読ほど研究情報のセキュリティーの穴になっている仕組みってないよなっていう(笑)。

我々研究者は高インパクトファクター誌に論文を投稿して、生き残ったら勝ち、というゲームの中に生きているわけです。そのジャーナルのレビュアーが実は最も危険な敵である可能性が極めて高いのに、そこに研究の情報全部を全部さらさなきゃいけない危険な仕組みなんですよ。その一番危険な敵であるエディターとかレビュアーはほとんどが欧米人。だから圧倒的に日本は不利です。だから日本の科学を欧米に負けないようにしようと思ったら、戦略的に高インパクトファクター誌至上主義をやめるべきです。ポストパブリケーション・エバリュエーション、出版後評価に戦略的にシフトさせた方が、研究情報の流出や発表が遅れるリスクを回避できるわけですよね。

 確かに。

宮川 それを日本が国としてやらないのは戦略がないとしか思えない。むしろ欧米の研究者の方がオープンアクセス化にすごく積極的です。ノーベル賞受賞者で、「ネイチャーやサイエンスにはもう僕は論文出しません!」と宣言した人がいましたよね。※

※註:ノーベル賞受賞者、Randy Schekmanは昨年高インパクトファクター誌には論文投稿をしないとボイコット宣言して大きな話題になりました。

 いましたね、最近。

宮川 ああいう勢いのある人が出てくるのが欧米ですよね。なんで日本の研究者とか政府はそういうことを積極的にやらないのかと不思議です。こういう高インパクトファクター誌至上主義で損するのはむしろそういう雑誌を持っていない日本のような国なのに。

 ただ、私としては高インパクトファクター雑誌を日本のメディアで作ればいいという貿易というか外交的な考え方でいいと思うんですよ。日本の論文が海外に流出したとしても、いいジャーナルを作って海外の研究者の論文をこっちに取り返せばいい。ですが、よく議論になるのはむしろ「日本のよい研究の多くが海外に流出しているから、出て行くものを食い止めよう」という。それはそれでやらなければいけない一つのアクションなんだけれど、本当は海外の素直な研究者の欲求として日本のメディアに出したいと思わせれば勝ちなんじゃないかと思うんです。どうやったらいいかは簡単ではないので理屈になっちゃいますけれど、もしメディアの力で海外と戦うとしたら、17世紀からある伝統的な購読費モデルの雑誌を作っても、すでに存在するジャーナルのブランドというものが確立しているのでおなじ土俵で戦ってもアウェイどころじゃない不利な戦いを実際、強いられます。オープンアクセスはその場合、一つの選択肢になってきますよね。

宮川 同じ仕組みで戦おうと思っても、絶対だめですよね。今からやっても。

 だめですね。まあ、ネイチャー並みに150年の歴史をかける意気込みがあればまた話は変わりますけれど、政策的にどうのこうのということは相当難しいですね。だからオープンアクセスを機にちょっと今までと違った、ね。

宮川 違った観点で戦うと。

 土俵を変えて勝負する、と。

宮川 土俵を変えて勝負をする。それがいいですよね。全然違うやり方で。土俵を変えないと勝負にならないですよ。

――17世紀から確立されてきた、著名なジャーナルに投稿する“当たり前”の方法。しかし日本の研究を発信していくためには、欧米の研究者と同じ土台で勝負するのは現実的に困難。高インパクトファクター至上主義体制下で不利な戦いを強いられてきた日本の研究者たちにとって、勝負する媒体は他にもあると主張している両氏。今後世界に研究を発信したい研究者達の未来を踏まえて、あなたはどのように考えますか?

 

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