科学政策の議論は、データに基づいた科学的アプローチで行うべき(河野太郎議員への公開討論記事・1)

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サイエンストークスでは、科学技術予算について研究コミュニティに疑問を投げかけている河野太郎議員への公開討論記事を募集中。掲載第1弾は、ライフサイエンス系の研究者である田中智之(たなか・さとし)氏からの投稿です。皆さまからのさらなる記事へのコメント、異論・反論、別の角度からの投稿をお待ちしています。

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この記事の著者
岡山大学・教授、田中智之(たなか・さとし)氏


予算の綱引きに関する議論において最も改善が望まれる点は、1)データの取り扱いを適切に行うことと、2)データを用いて自説を強化するのではなく、データに基づいて議論するという姿勢である。

政策決定に関わるものは、実際のデータを見る前に既にある程度の方針を持っていることが多い。その方針は自分が見聞きした情報に基づき決定されているが、官僚の情報収集能力がいかに高くとも、個人が認識できる範囲の情報は限られたものに過ぎない。そうした狭い観測範囲に基づいた政策を裏付けるツールとして、官庁ではデータ収集が行われる。これは、既におおよそ方針が決まったことについて、有識者を集めてお墨付きをもらうという手法とよく似ている。

こうした手法の問題点は、基づくデータが不正確であるために、しばしば見当違いの誤った施策につながってしまうことである。取り扱う問題が複雑になるほど、政策決定者の思い込みと実際との乖離は大きなものになりやすい。

自然科学では既にある情報をもとに仮説を立て検証するが、それが実態(即ち、自然現象)に合致しない場合は、仮説を修正し、再び検証するというプロセスを繰り返す。実態の正確な評価(測定)は自然科学において最も重視されるポイントである。何をどのように測定すれば、正確な自然現象の理解につながるかは科学者がもっとも注意を払う点である。

政策決定においても、決定すべき課題に関する判断にはどのような情報が必要であるのか、そしてそれはどういう手法で調査すれば正しく調べられるのかについて十分な準備をしなければ、殆どの議論は砂上の楼閣となってしまう。中教審の議論が分かりやすいが、委員は自分の経験に基づいて意見を述べるばかりで、我が国の教育の今後を考えるために必要な調査は何かと言った議論は少ない。

研究者をはじめとする現場の意見は、昨年よりも研究費が少ないとか、若手が減ったという実感に基づいている。これを検証するためには、財務省が準備した由来のよく分からない資料を使うのではなく、どういう調査をすればそうした声が正しいのか、あるいは誤解なのかを決定できるかを検討するべきで、それは研究機関の協力を得れば難しいことではない。


編集部コメント

実際、科学政策と現場のあいだの第三者的な立場で取材を行なっていると、田中氏の語る「政策決定に関わるものは、実際のデータを見る前に既にある程度の方針を持っていることが多い。」=結論ありきのデータ収集・解釈で、同じデータを真っ向から異なる立場の人々が自分の関心・問題意識に寄せて解釈している場面によく出会うことは確か。同じ研究費の増減の話であっても、そもそも何を問いとしてデータを読み、議論しているのかの前提が立場によってずれている場合もしばしばです。

河野氏がブログで提示しているデータ(1, 2, 3, 4, 5, 6)はかなりマクロなものなので、全体の数字で見ると「全体の予算は減っていない・人も減っていない」のにもかかわらず、大学経営・研究の現場では「お金がない・人がいない」という現状がもたらされているのか、だとしたらなぜもたらされているのか、という現象を検証するための、適切な科学的アプローチを取るべきである、ということだと思います。

この視点は研究コミュニティならではの打ち返し。研究者の皆さんであれば、この問いにどのような研究デザインを提案しますか?同意、異論・反論、コメントお待ちしています。

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